5 腎移植や腹膜透析という選択肢は?
40代という年齢を考えると、「腎移植」という選択肢は示されたのだろうか。
同上の夫の手記には、「腎臓移植も勧められたのですが、移植した腎臓がダメになる可能性があると聞き、その道はあきらめました」という記述がある。
もし血管炎という合併症があればシャントを作成できないこともある。またシャントが詰まったなら、頸動脈からや在宅での腹膜透析という選択肢もある。つまり代替方法の検討状況がどうだったのかも知りたい。人工透析に関する正しい市民啓発はいまだ不十分である。
もし透析を中止したいという希望を聞いたら「なぜそう思うのか」、「ほかにこんな方法もあるけれど」という対話を重ねるべきだ。
血液透析がかなり患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を大幅に低下させることに関しては欧米から多くの論文が出ている。
私も外来と在宅で常に数人の透析患者さんを診ているが、「しんどい」とか「もうやめたい」と訴える人が少なくない。そもそも透析は、延命とQOLの天秤のなかで考えるべき医療だ。また非導入や中止の後こそ、より丁寧な対応が必要である。
6 透析を中止したら死ぬのは当たり前なのに…
また、今回の報道の仕方、特に、「透析中止 患者死亡」とか「20人非導入 全員死亡」という新聞の見出しに違和感を覚えた。いささかミスリードではないか? 透析治療は延命治療なので、中止すれば100%死ぬ。また導入しなければ100%死ぬ(はずだ)。当たり前である。もし死ななかったら、「不必要な透析だった」ことになり、そちらのほうが問題である。だから「重大事故が起きて全員死亡!」のような印象を受ける見出しは理解に苦しむ。もはや「死」=悪、という図式で医者を叩く時代ではないだろう。
ニュースサイトでのクリック数を稼ぎたいがための印象操作なのか、それとも単に記者の知識が足りなかったのか(余談であるが、電子版が普及されるようになってから、新聞の見出しが、扇情的になっている気がするのは私だけか)。
私自身も在宅医療で非導入と中止を数例経験している。本人の意思を尊重して大切な人の旅立ちを見守って頂いたご遺族は今、どんな想いで今回の報道に接しているのか。そう思うと胸が痛い(だからこの原稿を書いている)。
ご遺族の心中が心配でならない。非導入や中止=悪、という論調の報道を見て「自分の判断は間違っていたのか」と悔い悩んでいないか心配でならない。今、私はそんなご遺族に声を大にしてこう伝えたい。
「皆様の大切な人の願いを尊重した判断は決して間違っていません。勇気が要る尊い行為です。故人は天国からありがとうと言っているはず。どうか落ち込まないで」と。