新元号「令和」の元ネタが中国でも「盗用」には当たらない理由

 

出典は万葉集だが、その元ネタは中国との指摘

「令和」の考案者は、中西進先生であると言われています。正式に発表されたのかどうかはわかりませんが、万葉集であるのなら中西先生で間違いないだろうとも思います。今回、官邸は典籍を国書とすることにこだわったとも言います。これも安倍総理のお考えかとも思いますが、「令和」が純粋な国書であると言い切っていいかというと、実は少し疑問符がつくのです。

この令和の2文字は、太宰府の長官である太宰帥(だざいのそち)であった大伴旅人が開いた梅花の宴で読まれた歌会作品の序文から選ばれました。

この序文では、次のようなことも書かれています。「梅は鏡の前のおしろいの粉のような色に花開き、蘭は匂い袋のように香っている」梅が満開で、蘭の香りが満ち、「生まれたばかりの蝶が舞」という素晴らしい庭園、そこで、「天空を屋根にし、大地を敷物としてくつろぎ、膝を寄せ合って酒杯を飛ばす」という宴を開いているのです。歌を愛する仲間達が「一堂に会しては言葉も忘れ、外の大気のなかで心をくつろがせ、皆が気楽に振る舞い愉快になり満ち足りた思いに浸っている」と書かれています。

実は、この序の文章は王義之(おうぎし)の書いた蘭亭集序を真似て書かれたものなのです。これは私が決めつけて言っている話ではなく、中西先生もそう言われていますし、契沖も「万葉代匠記」の中で指摘しています。王義之は、中国が晋の時代の政治家であり、書家でした。まさしく、大伴旅人と同じような立場の有名な人物です。現代では、書のお手本としてその名前が知られています。ちなみに、契沖は江戸時代の真言宗の僧侶ですが、万葉集を研究した学者でもあります。

梅花の宴の方は、「初春令月、気淑風和」ですが、蘭亭集の序では「暮春之初、(中略)、天朗気清、恵風和暢」と記されています。実は、冒頭で時間を書き場所を書くという書式が一致しているのですが、それが問題ではなく、内容が同じであると指摘されているのです。先程の解説文の最後に当たる「忘言一室之裏」に対して、原文は「悟言一室之内」ですし、「快然自足」という言葉はどちらにも存在しています。

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