息子の好物は忘れない。認知症の母が作った、特別なカレーライス

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帰省した息子のために好物を作る…、認知症は、そんな日常の楽しみさえ奪ってしまうこともあるといいます。では、何もかも、すべてを忘れてしまうものなのでしょうか。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、認知症の母親を長年介護してきた詩人・藤川幸之助氏が、自らの体験をもとに書き下ろした詩を交えつつ、母親の心に残る「子を愛する気持ち」を綴っています。

認知症の母が教えてくれたこと 藤川幸之助(詩人)

認知症になった母親の介護に20数年間携わりながら、珠玉の詩を紡ぎだしてきた詩人・藤川幸之助さん。

『致知』11月号では、藤川さんに壮絶な介護体験、そこから得た介護の本質、人間が生かされていることの尊さを語っていただき、非常に大きな反響を呼んでいます。


そんな時でした、熊本の湯前町にいる父から「お母さんがアルツハイマー型認知症になった帰ってきてほしい」との知らせが入ったのは。1988年、母が60歳、私が26歳の時のことです。

平戸から湯前町まで車で5時間ほどかかりますが、その道すがら考えていたのは、「熊本に戻って認知症のお母さんの介護をやれと言われるんじゃないか。たまったもんじゃない」ということでした。

当時の私は、両親と旅行に行ったこともなければ母の誕生日も覚えていない、親不孝な息子でした。ところが、父は開口一番実家に帰ってきた兄と私にこう言ったのです

「お母さんの世話は俺が全部やっていくからな。おまえたちは何もしなくていい。俺が最後にお母さんを幸せにしようと思う」。

ああ母の介護を頼まれなくてよかった──

正直、ほっとしました。ただ父も心臓が悪く手術をしたばかりでしたから、心配になった私は、後日様子を見かたがた二人を花見に連れて行きました。

車を走らせていると、父が弁当屋さんを指差し、「幸之助、あの弁当屋さんに小さなテーブルがあるだろう。お母さんが認知症で料理がつくれなくなってきたから、毎日二人であの小さなテーブルに並んで弁当を食べているんだ」と言います。その言葉を聞いて、私は胸が潰れる思いになりました。

それから父と母の様子を見に少しずつ熊本に帰るようになったのですが、母はその度に「幸之助にカレーライスをつくらんといかんね」と用意を始めるのです。小学校・中学校に入学した日も卒業した日も、教員採用試験に合格して帰った日も、記念日にいつも母がつくってくれたのがカレーライスでした。それは母なりの愛情の一つの表し方だったのでしょう。

父は私に言いました。

「幸之助は本当に幸せ者だなぁ。おまえが帰ってくると、お母さんはニンジンを右手に、ジャガイモを左手に持って台所をうろうろし始める。でも認知症でつくり方を忘れてしまったから、最後はしゃがみこんでわーっと泣き始めるんよ。認知症は何でも忘れてしまう病気だと言われているけど、お母さんはおまえの好物のカレーライスは覚えているぞ。息子を愛する心は、まだお母さんの心の中に生きとるぞ」。

その言葉を聞いた時、たとえ認知症でも消し去ることができないものがあることを教えられた気がしました。

この頃の体験を綴ったのが『約束』という詩です。

今度帰るときには

 

ライスカレーを作っておくからと嬉しそうに母は約束した

 

久しぶりに実家に帰ってみると

 

約束通りライスカレーが

 

テーブルの上に置いてあった

 

食べると母の味つけではない

 

レトルトのカレーとハンバーグを

 

皿に盛りつけただけのものだと

 

すぐに分かった

 

「お母さんのカレーはうまか」

 

大げさに父は言っている

 

「母さんこれレトルトだろ?」

 

私は不機嫌に言った

 

「二つとも時間をかけて作ったんよ」

 

母は言い張った

 

「違うよ これは母さんのカレーじゃないよ」

 

「お母さんのカレーはうまか」

 

母の方を向いて大声でまた父が言ったので

 

私も意地になって言い返そうとしたとき

 

「お母さんのカレーはうまか」

 

父が私をにらみつけて言った

 

母が風呂に入って

 

父と二人っきりになった

 

料理の作り方を忘れてしまって

 

自分から作ろうとしない母の話を聞いた

 

母が私とのライスカレーの約束の話を

 

父に何度も何度も話すのだそうだ

 

母に代わって私のためにレトルトのカレーを

 

父が用意してくれていた

 

「父さんにしては盛りつけが上手」

 

私は父にお世辞を言った

 

父は嬉しそうに笑った

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