今回の政界異変は、必ずしも、体調悪化をかかえた安倍首相の事情だけでつくられたものではないかもしれない。
仕掛け人は、二階幹事長、ではなく、菅官房長官なのではないか。そんな疑念がわいてきた。
今につながる菅官房長官と二階幹事長の6、7、8月、3度にわたる会談。筆者は8月27日の当メルマガ(「裏切りの菅義偉『安倍降ろし』への秘めた思惑とは?二階氏と急接近、TV出演で攻勢」)で、以下のように書いた。
6月と7月の段階では、二階氏はそれこそ石破、岸田といった名前をあげながら、いつかはやってくる総裁選の絵を菅氏とともに描いていたはずだ。ところが、8月に入り、健康不安説が持ち上がって安倍首相の存在感が低下するや、ポスト安倍の思考回路を乱世モードに転換した気配がある。8月20日の席では、ズバリ「菅さん、あんたがやったらいい」と、菅氏をけしかけたかもしれない。
二階幹事長は党の人事とカネを握る自民党幹事長という、彼としてはこの上もないポストを死守するため、菅官房長官に目をつけ、総理・総裁への道に誘導したという見方だ。
もちろんそういう側面もある。しかし、菅官房長官が、はるか前から虎視眈眈とチャンスを狙っていて、コロナ対策に疲れ切った安倍首相の様子をうかがい、二階氏との会談を重ねるうちに、さりげなく菅支持に仕向けていったと考えるほうが自然かもしれないのだ。
いずれ菅首相、二階幹事長に。二人の利害は一致する。これで、いざとなったらどう動くか、心構えが整った。
彼らには読みがあった。安倍首相は、もし辞任するとしたら、菅氏を後釜に据えることに異存はないだろうと。なぜなら、2012年の総裁選で自分よりはるかに多い党員票を獲得した石破茂氏を嫌っているのはもちろん、岸田文雄氏に対しても、すんなり禅譲という気分ではないからだ。そのことは、菅官房長官がよく知っている。
岸田氏に関しては、そのバックにいる古賀誠氏を麻生太郎副総理が嫌っているという要素があるが、なにより安倍首相の胸に引っかかって離れないのは河井案里参院議員の一件だろう。
昨年の参院選で、岸田派の重鎮、溝手顕正氏の金城湯池とされてきた広島選挙区(改選数2)に、安倍首相と菅官房長官のお気に入りである河井克行元法相の妻、案里氏を送り込んだため、かつてない激戦になり、自民党本部から河井陣営に1億5,000万円という破格の資金が振り込まれた。そのため、公選法違反の買収事件が起き、溝手氏は党本部への不信を抱えて涙をのんだ。
それもこれも、溝手氏の派閥領袖、岸田文雄氏が安倍首相に盾突けないと甘く見ていたゆえであり、だからこそ安倍首相、そして菅官房長官が、平気で河井案里候補の選挙カーに乗り、握った案里氏の手を高らかにあげて支持を呼び掛けたのだ。
その意味で、安倍首相と菅官房長官はいわば“共犯関係”だ。その時の悔しさを胸の底に潜ませる岸田氏は、真面目さゆえに安倍首相にとって不気味な存在である。禅譲を当てにしているうちは耐え忍んでいても首相になったら、岸田氏といえど、モリ・カケや桜を見る会をめぐる疑惑解明の動きををあえて抑え込もうとはしないかもしれない。
菅官房長官なら、そういう心配は無用だ。しかも、安倍案件以外の政策はばっちり踏襲できる。実際、安倍首相が外交パフォーマンスを繰り返し、スピーチや表情、アクションの練習に励んでいるとき、菅長官が官邸のガードをしっかり固めながら、実務をこなしてきたのである。
安倍首相は辞任を表明するまでに、菅氏を後継者とする腹を固めていたようだ。9月4日の時事コムに、こんな記事がある。
「次は菅さんに任せたい」。任期途中で職を辞すると表明した先月28日、首相は周辺にこう明言した。「自分が言わなくても、菅さんの出馬を求める声が出るだろう」とも語った。
こうなると、岸田氏には頼りになるものがない。石破氏も、二階幹事長が党員投票をブロックしたため、集票のあてがなくなった。