朝日新聞の怪文書を読解してわかった「日米基軸」という幻覚の正体

 

「日米基軸」という幻覚

そうなってしまう根源は、日本の政府も学者も、相変わらず外交・安全保障の議論の大前提に「日米基軸」という20世紀の遺物でしかない観念を据えていることによる。

本誌が何度も引用している図だが(★図参照)、米国の某シンクタンクが作成した「2050年の世界」の姿から今日を逆照射するイマジネーションが求められる。そうすると、中国は購買力平価GDPで、58.5兆ドルで世界一、インドが44.1兆ドルで第2位、米国は34.1兆ドルで第3位に落ちている。以下、インドネシア、ブラジル、ロシア、メキシコで、日本はその次の第8位。とすると、「日米基軸」などというのは21世紀的尺度では、衰弱を続ける経済規模3位と8位の連合で、世界から見れば「それが何なの?」と訝しがられるようなものでしかない。

※ 図が見にくければ、「オリジナル記事」をご覧下さい。

いや、そうは言っても今はまだ「日米」も大したものなんだと言い張る人もいるだろうが、国家経営は20年、30年先の世界像やアジア状況をイメージして、そこから逆算して今を歩まなければならない。もしかしたら、だからこそ2050年の第2位のインドを中国から引き剥がして、第3位の米国の側に取り込んで、その後ろから第8位の日本が付いていく形を作るのだと言うかもしれないが、それは余りに情けない日本の21世紀だということにならないか。

日米基軸などとっくに幻覚で、それは「2050年の世界」から逆照射すれば誰の目にも明らかだというのに、依然として20世紀の延長でしか物事を考えることができない人たちが、日米の衰弱をインドと豪州を引き寄せてそれを補強させようとしえ悪戦苦闘しているのが、「インド太平洋」という話なのである。

戦略論的混乱を超えられるか

こんなことになってしまう、より根底的な原因は、No.1072でも述べたように、「冷戦的な軍事同盟と冷戦後的な集団安全保障機構との原理的な違いをよく分かっていない」まま、アジアの地域協力の問題を論じているからである。

私はもちろん、日本と韓国が中心となって、米国や中国やロシア、そして必ず北朝鮮を参加させた、まずもって北東アジアの軍縮・軍備管理の枠組みを設定することに大賛成である。しかし、日本を射程に収めた短・中距離ミサイルを中国と北朝鮮が盛んに開発しているのは、日本を攻撃したいからではなくて(当たり前でしょう、そうしたら何か利益が得られると思う動機がない)、ただひたすら、米国との戦争になった場合に在日米軍基地を叩かなければならないからで、端的な話、「日米基軸」などという幻覚を取り払って在日米軍基地(及びそれに随伴して敵基地攻撃能力を備えようかという自衛隊基地)を撤去すれば、日本は彼らから攻撃されることは基本的にありえない。

日本がまず中国や北朝鮮を敵視することを止め、日本列島への米軍の前進配備と自衛隊の敵基地攻撃能力の増強によって彼らに脅威を与えることを止めない限り、東アジアの集団安全保障機構とその下での相互軍縮交渉は始まるはずがない。

そのことを胸に手を当てて考えてみることもなく、この提言は、中国の急速な軍拡に対しては日本が自らの防衛力と日米同盟関係の強化に努めつつ「米中露等が参加するインド太平洋地域の軍縮・軍備管理の枠組みを構築」すると言っている。これは錯乱的で、日米は軍拡が中国に対抗すれば、中国はそれに屈服して早々に軍縮に応じてくるとでも言うのだろうか?何を言っているのか分からない。

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《資料》田中明彦らの日本政府への政策提言《要旨》

○ASEANとの連携を重視したインド太平洋協力の推進・インド太平洋協力を推進するに当たっては、ASEANとの連携を重視し、海洋協力、SDGs、コネクティビティ、地域経済統合、マクロ経済・金融等の分野での「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想」と「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」のシナジーを高めるような具体的な協力を進めるべきである。

 

○日米豪印間の協力強化・日本、米国、豪州、インドのサミットプロセスを新たに創設し、将来英国、フランスもメンバーに加えることも検討すべきである。首脳のコミットメントの下、閣僚・高級事務レベルでインド太平洋構想の諸問題に関する協力の強化、AOIPとの協力事業の具体化、第三国協力の枠組み構築、他の関係国(EU、カナダ、NZ等)との連携を進めるべきである。

○安全保障環境の安定化

  • 中国が急速な軍拡を進めていることに鑑み、我が国は自らの防衛力及び日米同盟関係の強化に努めるべきである。特に中国が中距離弾道ミサイル・巡航ミサイル等戦域打撃能力の増強を進めていることに鑑み、米中露等が参加するインド太平洋地域の軍縮・軍備管理の枠組の構築を提唱すべきである。
  • サイバー・宇宙空間に関する日米豪印英の対話・協力の枠組みを構築するとともに、貿易・投資管理の規制・制度の適正化や途上国の能力構築支援を行うべきである。

○危機への対応とデジタル技術を活用した変革

  • コロナ禍の拡大・継続によりマクロ経済・金融危機に直面している一部途上国に対して、財 政危機や経済格差拡大等に対処するための資金支援の強化や税制・保険制度の改革支援を含む政策パッケージを打ち出すべきである。
  • デジタル技術を活用してポスト・コロナの経済・社会の諸課題(医療・健康、都市化、環境・エネルギー、経済格差、教育、ジェンダー等)の解決を目指す市民主体型のデジタル社会ビ ジョンや行動計画を産学官でつくり、アジアDXによる具体的な案件作りを進めるべきである。

○インド太平洋大の連結性強化・サプライチェーン強靭化

  • CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)を土台としつつ、CPTPP未参加のRCEP(東アジア地域包括的経済連携)参加国、米国、欧州も参加するレベルの高いメガFTAの推進に向けた中長期的なシナリオを策定するべきである。
  • 日ASEANの協力枠組みにインド、豪州等を加え、国境を越えた医療物資の円滑な流通、製造業・エネルギー等のサプライチェーンの多元化・多様化、ビジネス人材の移動の円滑化等 を内容とするインド太平洋大のサプライチェーン強靭化のための行動計画を策定すべきである。
  • 域内におけるヒト、モノ、カネ、情報の流れを円滑化するために、ASEAN連結性マスタープランを土台に、ASEANからインド等南アジアを経て東アフリカへと至る拡大連結性マス タープランの策定に向けた支援を行うべきである。

○インド太平洋協力の体制強化

  • 内閣官房国家安全保障局において、FOIP実現のための国家戦略を策定し、行動計画・予算措置の一元的な調整を行うべきである。
  • インド太平洋諸国の産業界による「インド太平洋ビジネス諮問委員会」、大学・研究機関による「AOIPビジョン・グループ」の設置により、幅広いステークホルダーがインド太平洋協力に参加するよう働きかけるべきである。

 

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年11月23日号より一部抜粋・文中敬称略)

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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