メディア報道と実態の乖離
最低賃金を下回る報酬、長時間労働、賃金未払い、不充分な安全対策、7割が労基法違反…「技能実習生」とは名ばかりで、受け入れ事業者にとっては「数年後には必ず帰国してくれる、安くて便利な外国人労働者」程度の位置づけになってしまっているように見受けられる。実際、報道される際も。日本人と比べて明らかに劣悪な環境下での労働を強いられているかのような報道も多く、読者の皆様にも同様の印象をお持ちの方もおられることだろう。
しかし、そういった実態は変わりつつあるようだ。技能実習生の登録支援機関で、産学連携支援を手がける一般社団法人「JIC協同組合支援協会」の丸山理事長はこのように語る。
「たしかに、過去の我々の同業者の中には、ご指摘通りの悪質な団体も多く見受けられました。しかし近年では、低俗な監理団体や劣悪な環境を作っている実習実施者を取り締まり、また適正な処分をするなど罰則も付けて厳しく対処されるようになり、以前のような悪質な技能実習自体が減ってきていると思います」
そう、実は我々の知らないところで、技能実習制度自体が大きく変わってきているのである。
従前は制度自体を直接規律する法律がなく、制度趣旨を理解しない事業者が、人手不足を補う安価な労働力の確保策として制度を悪用し、結果として技能実習生が低賃金で酷使されるなど、労働関係法令の違反や人権侵害を生じていた事実があった。
これについては、関係者の多くが認めるところである。
そこで改善策として、「外国人技能実習機構」が設立されたのは先述のとおり。具体的には、新たに設けられた監理団体や実習実施者の許認可を担い、技能実習計画の認定、実習実施者・監理団体への調査や実地検査などの監査業務、技能実習生への保護や支援業務をおこなっている。
さらに技能実習法では、法令違反がなく、技能評価試験の合格や指導・相談体制等において優れた監理団体や実習実施者に対しては、技能実習生の受入枠の拡大を認め、より高度な技能実習がおこなえるようにし、所定の技能評価試験に合格した技能実習生の最長実習期間を現行の3年から5年に伸長するなどの拡充策も盛り込んでいるのだ。
「一部メディアの偏向報道には、事実を誇張したような酷いものも多いです。以前も複数のメディアから『劣悪な状況に置かれている実習生について話を聞きたい』との申し入れがありましたが、『少なくとも我々の協会に加盟している団体や、よく知っている団体の中で、自ら違法行為を見逃す団体や企業は思いあたりません』、と答えたところ、記事の趣旨と異なるとの事で報道に至りませんでした」
「一部の劣悪な事業者において、実習生が安価な労働力として扱われ、被害者となっている事は事実だとは思います。ですがほんの一部でのことで、また労働基準法を無視した雇用や不法行為などは、今の機構活動体制の中では、仮にあったとしても、継続しておこなう事は考えられません」
報道に至るような、悪質な事業者は一部。その前提で先ほどの「外国人技能実習生の実習実施者に対する監督指導状況」を見返してみると、グラフに注記されたとある一文に気づかされる。そこにはこのように書かれている。
<注>違反は実習実施者に認められたものであり、日本人労働者に関する違反も含まれる。
確かに、「外国人技能実習事業者の7割が労働基準関係法令に違反」という事実はあるが、これはあくまで「日本人も含まれた、事業者全体の違反」であり、決して「技能実習生の7割が違反」しているというわけではないのだ。
ではこの技能実習事業者における「7割」という違反率が、日本全体の違反率と比して高いか否かという話になるのだが、「労働基準監督年報」を基に算出する限り、2018年(平成30年)から過去4年分については「ほぼ同程度」であることが見てとれる。(日本全体の違反率:66.8%~69.1%に対し、技能実習事業者の違反率:70.4%~71.4%)
より厳密に考えると、技能実習対象業種は農業、漁業、建設、食品製造、繊維、機械金属関係等と限られている一方で、違反率68.2%の全業種の中には、技能実習の対象となっておらず、かつ違反率も低い電気ガス水道業(35.3%)、鉄道・軌道・水運・航空業(30.1%)、金融業(32.8%)、通信業(26.7%)なども含まれている。業種内で比較した場合、この違反率の差異はさらに縮まるものと考えられよう。
また技能実習法においては、実習実施者を監理する監理団体は、3か月に1回行う法定監理業務の中で、労働関係法令違反を把握した場合、労働基準監督機関に報告しなければならないという決まりができた。そして、重大な違反が発覚すると摘発を受け、監理団体の許認可取り消しに至ることになっている。それに伴って労働法規に対する学習と理解が深まり、監理団体の意識も変化し、技能実習生の保護、労働環境の改善に繋がりつつあると言われている。
ということは、技能実習生を受け入れている事業者のほうが却って法令遵守に対する監視の目が厳しくなり、全体平均よりもむしろ違反率が低いという状況にもなり得る。これは、技能実習制度の在り方にまつわる問題に真摯に向き合い、行政と監理団体が改善へと動き始めた成果であるといえるだろう。丸山理事長はこう述べた。
「まだ、完全にクリーンとまでは言えませんが、一部メディアに批判されていたような事案は格段に少なくなっていると思います。また、そうありたいですね」
近年では監理団体の数も増え、監理団体間の競争も進んでいるという。大手人材会社も協同組合を設立したり、買収したりすることで実質的に技能実習の業界に参入する動きも出てきている。そうなれば、「選ばれる団体」と「淘汰される団体」に分かれることとなり、業界全体の質向上にも繋がっていくことが期待できるだろう。
本件については、下記の「技能実習生は今も「低賃金・重労働」の担い手なのか? 「夕張メロン問題」から考える」をご覧頂ければ幸いだ。
※本記事はメルマガ『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』2021年6月11日号の一部を抜粋したものです。2021年6月中のお試し購読スタートで、新田さんのメルマガの5月分全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます。
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