もちは稲作農耕民族の古代日本人にとってすべての源、至高の神、太陽を崇める現われの一部分である。またもちの丸い形は、心臓を形象するという説もある。古くは、日本中どこでももちは丸かったのだろう。西日本ではその伝統を今でもかたくなに守っているのであり、片や東日本ではいつのまにやら、のしもちになり、小さい長方形の切りもちになった。それは関東の合理主義か、単にいちいちにまるめるのがめんどうだっただけなのか。
文献によるとどうも四角いもちが現れたのは江戸中期以降らしい。もちはその元来の意義からも丸くなけれなならなかったが、新開地の江戸では略して角もちに変化したのだと。
パソコン通信時代に交流した九州の電子友人の話しだと、昔は丸もちしかなかったが今では四角い切りもちも売っているという。丸もちと切りもち、両方が並んでいて、どっちがより売れるのだろうか。両方を何か目的によって使い分けているのだろうか。切りもちは真空パックだから保存が効く。だから買い置き用として存在価値がある。味は合成もちだからそれなりに…という人も。売っているおもちのパックの産地がどこかわからないが、関東文化の西日本進出だろうか。反対に西日本の丸もちを関東へ持ってきたら売れるだろうか。
この小文を最初に書いてからか相当年数が経っているので、関西圏の切りもち化がさらに進んだのではないだろうか。ひょっとして丸もちがすっかり駆逐されたなんてことが起きていないだろうかとも思ったが、どうもそうでもないらしい。インターネットを“丸もち”で検索したら、けっこうたくさん出て来たので先ずは安心。願わくば西日本の貴重な丸もち文化、市場をずうっと保っていてほしいものだ。なお、京都在住のネット友人の話では、スーパーなど、切りもち、丸もち、両方のパック詰めが売られているようだ。 UNCLE TELL
image by: Shutterstock.com