小泉悠氏が解説。ウクライナ戦費で「ロシア経済が破綻」は無理筋なワケ

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ウクライナ軍の激しい抵抗を受け、想定外の苦戦を強いられたロシア軍。一部ではその戦費でロシアという国家自体が破産するといった報道もなされていますが、果たしてそれは事実なのでしょうか。今回のメルマガ『小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略』ではロシアの軍事・安全保障政策が専門の軍事評論家・小泉悠さんが、そのような「憶測」の元となった情報を探り当て、戦費増大によるロシアの破綻などありえないと一蹴。さらに入手可能なさまざまな文書を総合し、同国の軍事支出の予測を試みています。

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※ 本記事は有料メルマガ『小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略』2022年4月11日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール小泉悠こいずみゆう
千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了(政治学修士)。外務省国際情報統括官組織で専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所特別研究員などを務めたのち、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。

「戦費でロシアが破産」論を考える

ロシア・ウクライナ戦争の戦費が「1日2兆円」?

一時期、日本のマスコミから集中的に問い合わせがあったのがこのテーマです。ロシアの戦費が1日に2兆円(3兆円という説もあり)かかっているという説は本当か?という電話が10件がとこは来たと思いますが(どうもマスコミは同じ時期に同じようなことを集中的に聞いてくる傾向があります)、私からは毎回同じようなことを答えていました。

すなわち、「金は掛かっているだろうが、1日に2兆円とか3兆円ということはありえないのではないか」ということです。後述するように、ロシアの国防費は人件費から装備調達費までひっくるめて年間3兆5,000億ルーブルちょっと、要するに日本円で5-6兆円ですから、こんなペースで金を使える訳がありません。

また、これだけの金を毎日何に使うのかということもいまいち想像がつきません。弾薬や燃料は激しく消費されるでしょうし、兵器も破壊されたり鹵獲されたりして損耗していくというのは分かりますが、それは過去に調達してあったものです。「X兆円相当の損失が出ている」とは言えても、それは「X兆円の戦費が掛かっている」というのとは別問題でしょう。また、軍人の給与とか糧食費とかは普段から国防費の中に含まれている訳ですから、戦時の危険手当みたいなものをつけるとしても、そう極端に増加するとは思われません。

では、この「戦費が1日2兆円」説は一体どこから出てきたのか。ちょっと検索してみると(便利な時代です)、「経済回復センター」などいくつかのコンサル会社が2月28日に出した合同レポートが元ネタのようです。

Finding Ways to Support Ukraine & End War in Europe, 2022.2.28.

そこでレポートの中身を見てみると、開戦後100時間の時点における「ロシア経済の損失」が70億米ドルだと書かれています(p.10)。つまり、ここで言われているのは戦争のために毎日出ていくカネの額ではなく、ロシアが被っている損害の規模だということです。

より具体的にいうと、(A)確認されたロシア軍の損失数とその平均価格を掛けた額と、(B)戦死した兵士がその後40年間に渡って生み出すはずだった価値と戦死者数を掛けた額が算出の基準になっており、内訳は次のとおりとされています。

(A)兵器の損失額:約42億ドル

 

  • 航空機:8,500万ドル×29機=24億6,500万ドル
  • 攻撃ヘリコプター:1,408万3,000ドル×29機=4億800万ドル
  • 火砲:156万6,000ドル×75門=1億1,700万ドル
  • 戦車:236万8,000ドル×191両=4億5,200万ドル
  • 装甲車両:98万1,000ドル×816両=8億100万ドル

(B)人的資源の損失額

 

  • 51万8,000ドル×5,300人=27億4,600万ドル

この計算根拠がどこから出てきたのだ、というツッコミは措くとして、仮にこれだけの損失を100時間で出したのだとすると、概ね1日あたりで17億ドルくらいということになります。さらにこのレポートでは、推定に含まなかったカテゴリーの兵器の損失額、傷痍軍人への補償、燃料・弾薬などのコストを含めると、ロシアの損失額はさらに大きくなるとしています。

こういうことならばわからないではないですが、やはりこれは「戦費」とは言わないでしょう。

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