さらに話をややこしくしたのは、コンサルタンシー・ヨーロッパという別のコンサル企業が出してきたレポートです(以下)。
「経済回復センター」による上掲の推定(5日間で70億ドル)に触れつつ、そこからいきなり飛躍して「1日あたりのコストが200億ドル以上になる」と言い出したもので、その根拠はよく分かりません。戦争によるコストが1日に17億ドル分くらい発生していて、ほかにも捕捉できないコストがあるよ、という「経済回復センター」の主張は理解できるのですが、これと「200億ドル」がどうも結びつかない(20億ドルだというならまだなんとなくわかる)。
コンサルタンシー・ヨーロッパによるレポートにはさらに杜撰な点もあります。本文では「200億ドル」とされている1日の戦費が、タイトルでは「200億ユーロ」になっている点です。これを4月初頭のレートに当てはめるとたしかに2兆7,000億円くらいになりますが、ここまでみてきたように、「200億」という数字の根拠も曖昧なら単位もドルだかユーロだかさえはっきりしないのですから、真面目に論じても仕方ないでしょう。
まして「戦費でロシア経済が破綻」といった期待は持つべきではない、ということです。
さらにいえば、ロシアはウクライナ東部で8年、シリアで7年に及ぶ戦争を行ってきたことは忘れるべきではありません。今回の戦争とは規模が違うので直接には比較できませんが、この国は長期にわたって戦費を負担できるということです。
ロシア連邦予算法の読み方
では、実際の戦費はいくらかかっているのだというと、これはよく分かりません。軍事分野におけるロシアの情報公開度を考えると、正確な数字が出てくることは期待薄でしょう。実際、ウクライナ東部紛争やシリア作戦に関する戦費はこれまでも一切公開されてきませんでした。
代わりに、ここでは戦費を含めた軍事支出の「規模感」みたいなものをざっくり掴んでおきたいと思います。
国防費を含めたロシアの連邦予算は毎年、連邦予算法という法律で規定されており、ここには翌年度の予算に加えて、それに続く2年度分が「計画予算」として記載されています。計画予算分は一種の目安なので、そのとおりになるわけではなく、実際の執行状況や経済状態を見て修正を施された上、また次の年度の連邦予算法が策定されるというサイクルです。
また、連邦予算法には、省庁別の予算割り当てと、分野別の予算割り当ての双方が記載されます。例えばロシア国防省の省庁番号は「187」なので、ここを見れば国防省に割り当てられた予算がわかります。
そして、実際に見てみるとわかるのですが、国防省の予算は国防費だけでできているわけではありません。メインはそうであるとしても、保健、社会福祉、教育など、いろいろな分野の予算が割り当てられるからです。
逆にいうと、国防予算(分野別予算項目「02」)も全てが国防省に割り当てられるわけではなく、国防に関連するさまざまな象徴に配分されます。
したがって、ロシアの軍事政策といった場合には、
(A)国防予算
(B)国防省に割り当てられる、国防予算以外の予算
を少なくとも考慮せねばなりませんし、このほかには(C)準軍事組織(国家親衛軍等)の予算とか、(D)国防省や準軍事組織とは一見関係ないが軍事目的にも役立つ予算(宇宙関連等)も考慮する必要があるでしょう。こういう軍事政策の見積り方というのはどこの国についても困難であり、ロシアもその例外ではないということです。
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