小泉悠氏が解説。ウクライナ戦費で「ロシア経済が破綻」は無理筋なワケ

 

ロシア軍の「本当の予算」

加えて面倒なのは、連邦予算法には実際の割り当て額の全てが記載されているわけではない、ということです。

例えば2022年の連邦予算法から国防(分野別予算項目「02」)の項目を参照してみましょう。

Федеральный закон от 06.12.2021 N 390-ФЗ “О федеральном бюджете на 2022 год и на плановый период 2023 и 2024 годов”

これによると、2022年度と2023-24年の計画年度における連邦予算の割り当て額とその内訳は以下のとおりとされています(カッコ内は2023年/2024年、1000ルーブル以下は四捨五入)。

「国防」(02)総額:1兆2,350億R(1兆3,393億R/1兆4,427億R)

 

  • ロシア連邦軍(02-01):1兆673億R(1兆1,184億R/1兆1,762億R)
  • 動員及び部隊外での訓練(02-03):163億R(167億R/172億R)
  • 軍事技術協力の分野における国際的義務の履行(02-07):65億R(68億R/71億R)
  • 国防分野における応用科学研究(02-08):233億R(235億R/246億R)
  • 国防分野におけるその他の諸問題(02-09):1,208億R(1,731億R/2,166億R)

このように、メインになるのはやはりロシア軍向け予算(02-01)なのですが、さらに内訳を詳しくみてみると、「ロシア連邦軍の物資・装備供給システムの改善」(02-01-31-4-03)に2,346億ルーブル、「軍人の給与、文民の給与、その他の手当及び補償の支払い」(02-01-31-10)に7,650億ルーブルなどとなっており、要するに物資補給と人件費しか書いてありません。年間約1兆5,000億ルーブルにも及ぶとされる装備調達費は秘匿されていて、全くわからない訳です。

また、「ロシア連邦軍」に次いで大きな予算が割り当てられている「国防分野におけるその他の諸問題」(02-09)については、宇宙関連予算(02-09-21)が106億ルーブル、インフラ建設費(02-09-31-2-01)が424億ルーブル、軍需産業への補助金(02-09-44)が60億ルーブル、その他(02-09-99-9-00)が555億ルーブルなどとされています。最後の02-09-99-9-00については何の予算だか全く手がかりがないのですが、これはもしかするとシリアやウクライナでの戦費かもしれません。

では、ロシアの軍事支出の中身を追うのはこれが限界かというと、そうでもない、というのが面白いところです。前述のように、ロシアの連邦予算は毎年連邦法として策定されるので、その過程では議会の審議が入ります。この際に提出される書類にはもう少し正直な数字が書かれるのです。

たとえば2022年度連邦予算法の場合は、原案が昨年9月30日に下院に提出されていますが、第一読会に下院国防委員会が提出した文書(「Федеральный закон от 06.12.2021 N 390-ФЗ “О федеральном бюджете на 2022 год и на плановый период 2023 и 2024 годов”」)をみると、2022年度の「国防」(02)向け予算及び2023-24年度の計画予算並びのその内訳は次のとおりとされています。

「国防」総額:3兆5,104億R(3兆5,572億R/3兆8,118億R)

 

  • ロシア連邦軍:2兆5,928億R(2兆6,133億R/2兆6,714億R)
  • 動員及び部隊外での訓練:163億R(167億R/172億R)
  • 経済の動員準備:29億R(29億R/29億R)
  • 核兵器コンプレクス:498億R(492億R/562億R)
  • 軍事技術協力の分野における国際的義務の履行(02-07):148億R(151億R/154億R)
  • 国防分野における応用科学研究:4,045億R(3,549億R/3,369億R)
  • 国防分野におけるその他の諸問題:4,292億R(5,050億R/7,118億R)

上掲の、連邦予算法に記載された額とはまるで異なることがわかります。最大のポーションを占める「ロシア連邦軍」向け予算は公表額の倍以上であり、この差額は装備調達費などであろうと想像がつきます。また、「国防分野におけるその他の諸問題」も実際には3倍以上支出されているのですが、2022年度は約690億ルーブルと公開額とそう変わらないのに対して、2023年度は2,058億ルーブル、2024年度には3,910億ルーブルといきなり1桁跳ね上がっているのが目につきます。

これが何を意味するのかについては詳しい説明がないのですが、仮に2022年に戦争を始めることが既定路線であったとした場合、まさに「経済回復センター」のレポートで見積もられたような戦闘による損耗分を補充するための予備費であるのかもしれません。(メルマガ『小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略』より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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・第164号 ウクライナ危機が新たなフェーズへ(2/14)
・第163号 ロシア軍集結、ウクライナ軍増強、ベラルーシは非核・中立放棄へ(2/7)

さる2月24日、ロシアはついにウクライナに侵攻を開始。日本の報道で「ロシアのウクライナ侵攻はあり得ない」といった論調も根強くあったなか、本メルマガでは逐一、海外報道や公開情報をもとに「開戦前夜」の緊迫した情勢を伝えていました。
開戦直後の2/28号では、ゼレンスキー大統領の巧みな「ハイブリッド戦争」を分析。敵・味方・中立のオーディエンスに対し戦争を有利な形で認識させ、戦闘での勝敗とは別の領域で最終的に勝利しようとする思想。先日の国会演説もこの一環だとすれば、ゼレンスキー氏は孤立を深めるプーチンより何枚も上手、すでに私たち日本国民もその術中にあるのかもしれませんね。
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1/31号によれば、最近このオシントの適用範囲が大幅に拡大しているとのこと。その最新の手法とは?ロシア・ウクライナをはじめとする国際情勢はもちろん、ビジネス分野にも応用できそうです。
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・第158号  NATO不拡大に関するロシア提案 戦略ロケット軍記念日 ほか(12/20)
・第157号 ロシア軍次期装備計画詳細 参謀総長の語る国際情勢 ほか(12/13)
・第156号 ロシア軍のオホーツク防衛大演習 ウクライナ侵攻の現実味 ほか(12/6)

 
核弾道ミサイルを運用する、ロシア軍の戦略任務ロケット部隊(RVSN)の実力とは? 12/20号では、創立62周年を迎えた同部隊カラカエフ司令官のインタビュー(機関紙『赤い星』掲載)から、興味深い発言をピックアップしてご紹介。「当面は核抑止力を維持するために必要な運搬手段を戦闘準備状態に置き続ける」とする同部隊の今後の計画、米国が欧州で展開しているミサイル防衛(MD)システムへの対抗策や、新型ICBMの開発進捗など、世界が「ロシアの核」に注目する今こそ必読の内容となっています。
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・第153号 ロシアがベラルーシと核シェアリング?ほか(11/15)
・第152号 中露軍事協力との向き合い方、ベラルーシと新「共通軍事ドクトリン」(11/8)
・第151号 シリアでのロシア航空部隊大規模展開 地対艦ミサイルの「艦隊間移動」ほか(11/1)
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・第119号 ロシア製ミサイルを巡ってアルメニア内政が混乱(3/1)

 

 

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千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了(政治学修士)。外務省国際情報統括官組織で専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所特別研究員などを務めたのち、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。

 

ロシアの軍事や安全保障についてのウォッチを続けてきました。ここでは私の専門分野を中心に、ロシアという一見わかりにくい国を読み解くヒントを提供していきたいと思っています。

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