プロダクトアウトの限界に直面していたモスバーガー
モスバーガーはコロナ禍に先立つ2019年ごろから、「つくったものを売る」プロダクトアウトから、「売れるものをつくる」マーケットインへの切り替えを進めていた。「つくったものを売る」のではなく、「売れるものをつくる」ようにすれば、新商品を開発した後に販売に苦労し、誰彼かまわず売り込むよう状態になることを避けられる。
これに先立つ時期のモスバーガーは、ほぼ毎月のように既存店売上げが前年割れとなる状態だった。19年3月の決算では11年ぶりの赤字に転落している。従前のプロダクトアウトのアプローチが行き詰まりはじめていた。
モスバーガーは、レストラン・チェーンとしては独自性の強い立ち位置にあった。モスバーガーは創業時からの根強いファンたちによって支えられたチェーンであり、そのために商品開発部は、長年の関係から好みや傾向を知り尽くしているファン層に向けた新商品開発に徹していればよかった。顧客が何を求めているか、顧客のどのような期待にこたえるべきかを、一から検討し直す必要性は低かったのである。そしてプロモーションについても、新商品の大がかりなキャンペーンを店舗外で行わなくても、来店するファン層に体験してもらい、そこからの口コミなどが広がることを期待できるのであれば、費用をいたずらに投じることはなく、効率的な経営が可能になる。
この知り尽くした関係のなかで「うまいもの」をつくればよいというモスバーガーの基軸が揺らぎはじめていた要因は、ファン層の高齢化だと見られる。長年のファンたちの食の変化の進行を考えると、彼らがハンバーガーにかぶりつく頻度の低下はやむをえない。従前からのファン層に頼るマーケティングが限界を迎えはじめていたのである。
新規顧客の獲得にはマーケットインが必要
この変化への対応の必要性を認識したモスバーガーは、若い母親を中心とした女性たちをターゲットとする新規顧客開拓に本腰を入れることにした。このマーケティング上の新しいチャレンジの眼目は、新たに若い女性たちを店舗に呼び込むとともに、彼女たちが子供たちとモスバーガーを楽しむようになれば、次世代のファンの育成にもつながっていく点にある。
長年のファンを大切にしながら、新たな顧客を呼び込み、次世代のファンの育成につなげる。この新しい課題のもとでの新商品開発は、商品開発部の経験則に頼るだけでは難しいものだった。新たなターゲットである女性たちは、おいしさだけではなく、自身の健康や環境問題への意識も高い。彼女たちに売れるものが何かについては、従前からの経験則を超えた検討を一から行う必要があった。市場調査や営業から集まるマーケティング情報も総動員したマーケットインの商品開発が必要となった。
先に述べた。モスバーガーのプロダクトアウトからマーケットインへの舵の切り替えは、こうした必要を踏まえての対応だった。
コロナが来ても来なくても開拓すべき顧客層
2019年頃からモスバーガーは、この新たな方針のもとでの活動を進め、業績を回復しはじめてしていた。そして、この新ターゲットを意識したブランディングという中長期のマーケティング課題への対応を重ねていく方針は、コロナ禍のもとでも揺らぐことはなかった。
コロナ禍に振り回される産地支援につながる期間限定商品の投入、コロナ禍で外食を自由に楽しめなくなった家族へのモバイルオーダーによるテイクアウト対応、そして障害者雇用と連動したロボット配膳といったモスバーガーの取り組みは、共通して、コロナが来ても来なくても開拓すべきだった若い母親世代の心をつかむことをねらっている。
さらにはコロナ禍のなかでモスバーガーが進めてきた郊外でのテイクアウトに向いた店舗展開の強化も、ヘルシーでおいしくSDGs志向の商品の投入も、Snow Manラウールと渡辺翔太を起用したキャンペーンも、長年のファンに加えて、新たなターゲットを開拓する必要性を意識しての活動である。
モスバーガーは活力に満ちた会社であり、コロナ禍のもとでも新たな動きが絶えることがない。そして、これが右往左往に終わらないのは、ビジョンがあるからである。予測は揺れ動き、計画は定まらない状況のなかにあっても、向かうべき方向性が見えている組織や個人は未来に向けて、動きを絶やすことなく、着実に行動を積み重ねていくことができる。