朝日新聞元校閲センター長が教える「自分だけにしか書けない文章」を書く方法

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目の間にいる人に自分の感情を伝えるのは、声色や表情、仕草などである程度可能です。けれども目の前にいない人に文章で自分の気持ちを伝えるのは案外面倒で難しいもの。誰もが小説家のようにはできません。今回のメルマガ『前田安正の「マジ文アカデミー」』では、朝日新聞の校閲センター長を長く務め、文章・ことばから見る新たなコンサルティングを展開する著者の前田さんが、「自分にしか書けないこと」を書く第一歩をアドバイス。感情そのままを言葉にした簡単な文に様々な要素を足していくことで「自分だけの文章」になり、書くときの視点が身につくと、具体的にレクチャーしています。

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「自分にしか書けないこと」が、書けない

ことばにできない「感情の波動」

話をするときは、ことばに詰まっても、悲しくて相手の胸に顔を埋めても、成立します。ことば以外の「感情の波動」が直接相手に届くからです。ノンバーバルコミュニケーションが発することばと同じくらい大きな意味を持ちます。ノンバーバルコミュニケーションとは、ことばや文字に依存しない表情・動作・姿勢・音調・接触による意思伝達手段です。

文章にするには、ノンバーバルな伝達手段を使えません。だから「感情の波動」を客観的に写し取らなくてはならないのです。ここが、文章を書く際のハードルになっているような気がします。一言で言うと面倒なんです。

ノンバーバルな伝達手段では「感情の波動」をいちいち言語化しなくてもいいからです。相手の胸に顔を埋めて感情を鎮められるなら、その方が楽だからです。そこで、すっきりするならそれもいい方法です。敢えてそこを文章にして「自分にしか書けない」ことにする必要もないですもんね。

「感情の波動」は主観的な動きです。悲しい時に涙するのは、自らの行動として自分自身は理解できても、その涙を受け止める人(胸を貸す相手)が必ずしも理解できているとは限りません。もしかしたら、自分でもなぜ涙しているのか、その理由がはっきりわからないかもしれません。

格好良くなくたっていい

しかし人に何かを話すときに正直な感情を出しているか、というと実はそうでもないのです。やはり自分をより良く見せたり、より格好良く見せたりと少し「盛って」しまうものです。自ら演じた姿に酔うこともしばしばです。ましてや見ず知らずの人には、そうした感情を伝えることはありません。

誰にも見せない文章であれば、整ったことを書く必要もないのです。他の人を意識して「盛る」必要もありません。感情のまま書き付けていけばいい。「くそー」とか「ふざけんな」とか、何でもいいのです。それでは、読み手に伝わらないし、そもそも「だれにでもわかる文章」にはなっていないという批判もあると思います。

でも、作家の人たちが、世界平和を願って小説を書いているのか、といえば、必ずしもそうではないのではないか、というのが僕の考えです。ただ、作家個人の「感情の波動」を文章という形で表現しているに過ぎないように思うのです。人のために書いているというより、自分が書きたいことを書くというのが基本にあるはずです。

結果として社会の矛盾を予見するような作品になったり、世界平和を願う内容になったりするわけで、端からそこを目標にしたものではないはずです。自らの情動を書き付ける。それを小説の形に整えているのです。

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