マジカル解散の危機と青山&伊藤「リズム合宿」
アルファでも引き続き滝沢のデモ・テープ作りを手伝うことになったマジカルだが、演奏の技術面で衝突もあった。ある時、新川が青山に「下手くそ!」「女みたいに叩いてんじゃねぇ!」などと怒鳴り、バンド解散の危機があったという。伊藤は、そんな危機的な状況下で青山から掛けられた印象的な言葉を覚えていた。
伊藤「マジカルが解散というか“お前なんかクビだ!”みたいな、そういう危うい時があってね。新川が青山に“どう思うんだよ!”って言ったら、青山が“僕は広規君と一緒にやりたい!”って。もうその言葉に心をグッと掴まれました。”よし、じゃぁ、こいつとはずっと一緒にやるぞ!”と」※BSフジ「HIT SONG MAKERS 〜栄光のJ-POP伝説〜」青山純追悼SP(2014年12月20日放送)より
そこで、伊藤と青山はドラムセットを車の上に積み、あの志賀ハイランドホテルに「リズム合宿」へと出かけた。そして、ホテル内にあるスキー板の乾燥室の中でさまざまなリズムパターンを繰り返し、思う存分に楽器を鳴らし続けたという。その成果あって、青山のドラムは見違えるほど上達し、伊藤のベースと息ぴったりな“黄金リズム隊”の体を成してきたという。この伊藤・青山の「リズム合宿」こそが、のちの青山純、伊藤広規を作り上げたと言っても過言ではないだろう。
合宿から帰ってきた二人の演奏を聴いた仲間たちは口々に「上手くなったね」「すごい」とベタ褒めしてきたという。それを聞いた伊藤・青山は「そんな訳ない、これは俺たちを陥れる陰謀に違いない」と本気にしていなかったそうだが、事実この合宿を機に“黄金リズム隊”二人の演奏能力は大きく変わっていったようだ。
「デモ作りバイト」からめぐってきたチャンス
アルファと繋がったマジカルは、滝沢の他に、故・広谷順子などアルファ関連のアーティストが作曲した楽曲のデモ・テープ作りをアルバイトとして粟野から依頼され、月5万円のバイト料で受けていたという。デモの録音は当時、村井が住んでいた文京区音羽の自宅内に作られたばかりの音羽スタジオ(1階はのちの元「LDKスタジオ」、2階と3階が「音羽スタジオ」と呼ばれていた)でおこなわれた。伊藤がマジカルのデモ・テープバイトの時代を振り返る。
伊藤「新人が作った曲をデモテープにして会社に渡すというバイト。デモは、歌ってるアーティストが自分の家でギター1本で歌ってるヤツを聴きながら、こうしようって皆で意見を出し合って作っていったって感じですね。そのお陰で随分レコーディングのノウハウを知りました。月5万でやりましたね」※BSフジ「HIT SONG MAKERS 〜栄光のJ-POP伝説〜」青山純追悼SP(2014年12月20日放送)より
若き作曲家たちのオリジナル曲を、最も良い形にアレンジして演奏し、一つの曲として成立するように仕上げる。このバイト経験が、のちにスタジオミュージシャン、アレンジャーとして活躍する彼らの大きな糧となったことは言うまでもない。マジカルには、粟野から空き時間にスタジオで練習することも許可されていたという。粟野によれば、伊藤・青山コンビは音羽スタジオでよく練習に励んでいたそうだ。
粟野の主導でおこなわれた滝沢とマジカルのデモ・テープでは、のちに『レオニズ』に収録される「潮風のララバイ」原曲「浜辺にて」、軽快な純愛ポップス「セント・ポーリア」、実験的な展開と新川のソロパートが美しい「眠れない夜」などが音羽スタジオで録音されている。当時の粟野は、音羽スタジオに「入り浸り」状態でデモ作りに励んでいたといい、自ら卓に座ってエンジニアのような役割も担っていたという。
「セント・ポーリア、どうぞ」
曲の冒頭には、粟野がキューを出す声がそのまま記録されていた。
粟野「青純と広規って、最高のリズムセクションじゃないですか。だから音羽でデモを録っていても楽しくてしょうがないんですよ。まあ当たり前ですよね、のちに二人ともプロになっちゃうんだから(笑)。彼らは当時から本当に良い音を出してましたよ」
デモ・テープ作りのバイトに明け暮れる毎日を過ごしていたマジカルの4人だったが、ここで大きなチャンスがやってくる。その突然の出来事を新川が述懐する。
新川「あれは76年の初夏だったかな。ハイ・ファイ・セットのバックを担当していたガルボジンっていう名前のバンドがあって、松任谷正隆さんがキーボード、松原正樹がギター、重田真人がドラム、宮下恵補がベース。そのガルボジンが吉田拓郎のツアーに半年くらい同行するから、ハイ・ファイ・セットがその間のバックバンドを募集することになったわけ。そこで、“毎日のように音羽スタジオでデモ・テープを録音しているマジカル・シティーっていう奴らがいるから、彼らにバックをやらせよう”ということになったの。これで、僕らは初めてちゃんとしたギャラをいただく仕事ができたわけ」
マジカルは、このとき初めて「プロとして」ギャラをもらう仕事にありつくことができた。
それだけではない。彼らは、ハイ・ファイが所属していた「バード・コーポレーション」という事務所に所属する他のアーティストのバックも任されるようになった。
それはフォークシンガーの田山雅充、「あなた」のヒットで知られる小坂明子など、新進気鋭のシンガーソングライターたちだ。ハイ・ファイだけでなく彼らのコンサートツアーでもバックを担当することになり、しばらくの間はミュージシャンとして充実した毎日を送ることになる。
ちなみに「ガルボジン」とは、グレタ・ガルボとアラジンを足した造語で、ユーミンが命名したという。
新川の脱退、そしてプロへ
だが、そんな生活も長くは続かなかった。ガルボジンが拓郎のツアーから久しぶりに帰ってきたことで、ピンチヒッターのマジカルは「お払い箱」になってしまう。「これからどうしよう」と悩んでいた矢先、新川に意外な声が掛かる。
新川「ちょうど松任谷さんが由実さんと結婚する頃で、これから奥さん(ユーミン)の仕事しなきゃいけないから、新川くんだけ残ってよって言われて。松任谷さんの代わりにガルボジンに加入することになったの。それで、俺だけマジカルを脱退したんだよね」
リーダーである新川は76年いっぱいでマジカルを脱退した。その後、新川は、ハイ・ファイの「ガルボジン」をはじめユーミンのツアーにも参加するなど、アルファ系のアーティストたちのバックを支えながら、アレンジャーとしての依頼が多く舞い込むようになり、その才能をみるみる発揮していく。80年代に入ってから多くの歌謡曲のアレンジを手がけて大ヒットへと導いた活躍は、改めてここに記すまでもないだろう。
新川の後任キーボードとして声をかけられたのは、ファライーストで青山と同じくボーヤとして手伝いをしていた、「カシオペア」の最初期メンバーとしても知られる小池秀彦だった。小池はのちにビクター音楽産業へ就職し、ディレクターとしてビートたけしや岩崎宏美などを担当することになる人物だ。
小池を新メンバーに迎えた新生マジカル(青山・伊藤・牧野・小池)は、フォークグループ『五つの赤い風船』の西岡たかしのソロアルバムでバックを担当してレコーディング・デビューした。『私の耳はロバの耳』(1977)、『子供たちに贈る愛の詩』(1977)、『モス』(1978)と西岡のソロ3枚でバックをつとめた新生マジカルだが、その後も青山、伊藤にはそれぞれ別々にバックとしての依頼が殺到するようになった。
ついに、メンバーそれぞれがプロとして活躍し始めたのである。(Vol.3へ続く)
連載記事アーカイヴ
● 【Vol.1】奇跡的に発見された大量のデモテープ
● 【Vol.2】デモテープに刻まれていた名曲の数々
● 【Vol.3】達郎も秀樹も気づかなかった「真実」
(本文内、敬称略)
Special thanks : 松永良平
【イベント情報】
月刊てりとりぃ+エスパスビブリオ共同企画
『Mr.シティ・ポップ 滝沢洋一の世界』
ゲストに音楽ライターの金澤寿和さんをお迎えして送るトークショー。近年、シティ・ポップの名盤として再評価が高まりつつある唯一作『レオニズの彼方に』発売から10月5日で丸45年となった、シンガーソングライター・作曲家の滝沢洋一。今回、滝沢の自宅から奇跡的に発見された大量のテープから、名曲ばかりの未発表音源、CMソングなどを本邦初公開。西城秀樹に名曲を提供し、青山純、伊藤広規、新川博のプロデビューのキッカケを作ったニューミュージックの名付け親、Mr.シティ・ポップ 滝沢洋一の知られざる魅力に迫ります。
2023年10月7日(土)
15:00~17:00(14:30開場)
参加費=2,500円(当日精算)
※定員60名様、予約制
【予約方法】
ご予約は、メール(info@espacebiblio.jp)
または電話(Tel.03-6821-5703)にて受付
件名「10/7 シティ・ポップ参加希望」
お名前、電話番号、参加人数をお知らせ下さい。返信メールで予約完了をお知らせいたします。
【会場】
ESPACE BIBLIO(エスパス・ビブリオ)
地図→ https://www.espacebiblio.jp/?page_id=2
〒101-0062千代田区神田駿河台1-7-10YK駿河台ビルB1
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