激アマなのはその世界だけ、世間は甘くない
それでも、証拠をそろえるのは最低限の対策だ。
一方で証拠を揃えても、それを判断する学校や教委がダメなら意味がないではないかという意見もある。確かにそうだ、彼らに判断させるかどうかも検討する必要があるが、物事を主張するのに、その論拠も根拠もないのでは、聞く価値もないとされる恐れすらある。
何をするにもその一歩は、証拠なのだ。
一方で、上に書いたように、判断する機関がダメならば、その労力すら無駄になるのではないかという考えはコスパ・タイパ重視の今の世の中であれば、よくわかるが、よく考えて欲しい。彼らに判断させない方法もあるし、それは私がすでに実証しているものもある。
それが報道と世間の判断だ。
例えば、ある部活で行われたいじめがあった。その部活は全国大会常連校で、他県からも生徒を集めてくる。こうしたケースでは、部活内でもいじめや非行は、全国大会の欠場などを意味するから、厳しく管理されていそうなものだが、その実逆の場合が多い。
つまり隠ぺいと圧力、場合によっては被害や告発側を退学にするという強権を発動させて問題を抑え込んできていたりする。
さらに地元のマスコミは、この部活や監督に取材をするなどして懇意だ。地元企業も議員も応援に回っており、OBにも有力者がいるとなれば、忖度が強い放送局や新聞社は事態を把握しても報道しない可能性がある。
この学校のケースもそうであったから、いじめの動画そのものを被害側生徒とその協力者が、SNS上に流し、インフルエンサーに直接頼むようにしたらどうかとアドバイスした。
彼らは必死であった。いじめが続けば精神が持たないから自主的に辞めることになる。真っ直ぐに告発してクビになった先輩もみてきた。いずれにしても、首になるか自主的に辞めるのかの二択しかこれまではなかったのだ。
対策は上手くいった。あるインフルエンサーがSNS上で取り上げると、次々にシェアが増えていった。特定班が動き、画面上に映っている加害者やコーチなどが特定されていった。それからしばらく遅れ、ネット上を巡回している報道のディレクターやワイドショーのディレクターがこの事態を取りあげて学校に問い合わせを始める。
映像という隠しようのない証拠があったからできた技なのだ。
これが、被害者の告白文面であったらどうだろう。ちょっと想像してみてほしいのだ。
危機管理が全体的に未達の日本である。
こうした田舎の力学のみで、御代官と越後屋レベルの対策しかもっていない学校では、記者らの質問に適切な回答ができないものだ。しどろもどろな疑いが残る言い訳を、当たり前のようにして、疑惑が確信へと至り、取材攻勢を受ける羽目になる。
地元企業の経営者も議員もバランス能力に長けているから、学校に守勢協力を求められても様子を見るものだ。
ちなみに私は危機管理会社のコンサルタント経験が有るし、今では専門の会社も持っているから、だいたいの手の内はお見通しでもある。
結果、SNSから火がついたいじめの証拠は、報道が取り上げ、世間を巻き込みながら、これまでの告発なども噴き出し、正されることになるのだ。
つまり、学校や教委が隠ぺいするなら、報道機関やSNSなどで世間に判断してもらえばいいのだ。
これを言うと、専門家界隈からも「阿部は破壊者だ」とか「加害者だって学生じゃないか、あいつは加害者の人権を無視する」などと言われる。好きに言ってくれ、と私は思うのだ。
実際、ZOOMの会議で、前室のようなところで待たされていた時、主催者側が、私の事を言い合っているのが聞こえてきたというエピソードもある。私を取り上げると、学校や教育委員会からの依頼が減るリスクがあるのだそうだ。「知るかバーカ」である。そういうのは、簡単に隠ぺいに協力する似非専門家の第一歩なのだ。
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