日テレ水曜22時枠に潜む深刻な危機。ネトフリに「WBC」も「高購買層」も奪われた地上波が打つ“最後の手”

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文化やエンタメの世界では、課金モデルと無料モデルが併存し、時代とともにその境界線は揺れ動いてきました。WBCの配信権がネトフリに移った例のように、これまで地上波で無料だったコンテンツが課金へと移行する流れも顕著です。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、作家の冷泉彰彦さんが、日テレ水曜22時枠で放送された杉咲花主演の文芸タッチドラマを切り口に、地上波ビジネスモデルが直面する深刻な構造変化について鋭く論じていきます。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです

文化と地上波モデルの関係を考える

文化という商品サービスについては、受益者がしっかり対価を払う課金モデルと、これとは別に受益者は直接は対価を払わない無料モデルというのが併存してきました。例えば前世紀の場合でも、映画館へ行って映画を見るのは課金、同じ映画でもTVで見るのは無料という違いがありました。

プロスポーツ観戦の場合も、地上波は無料、実際にスタジアムで観戦の場合は課金です。また、書籍に関しては買うと課金、中古なら安いが課金、一方で公共図書館で借りると無料になります。

細かく見てゆくと、映画やドラマの場合は、マイナーな単館上映などの文芸物だとほぼ100%課金、反対に誰もが話題にするヒットドラマだと地上波で無料モデルになります。

ちなみに、無料モデルの場合も全くタダではありません。地上波の場合は、広告収入で番組が制作され、その広告費は商品代金に含まれて最終的には消費者が負担します。よく言われるのが、日本の場合はビールを飲むということは、かなりの部分を広告料を払うことになるというのですが、全く誇張とも言えません。また、公共図書館の場合は基本的には書籍の購入は税金が投入されることになり、これも間接的に住民が負担している格好です。

この無料か課金かということでは、時代の変化により揺れ動きがあります。例えば、WBCがいい例で、長い間無料の地上波で流れていたのが、ネトフリの独占権奪取によって課金になっています。これは顕著な変化の例とも言えるでしょう。

異例の「文芸タッチ」ドラマ登場

今回は、このWBCのような純粋にマネーゲームの問題ではなく、もう少し細かな文化現象としての地上波モデルに関するお話をしてみたいと思います。

具体的には、本年冬クールのドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』(監督・脚本は今泉力哉氏、但し3話4話は山下敦弘監督、7話8話は山田卓司監督)についてです。本作は、地上波のゴールデン(日テレ水曜22時枠)のドラマとしては、異例なほどの「文芸映画タッチ」の作りとなっていました。ドラマチックなことは何も起きず、沈黙が多用されたり、長回しが多用されたりという演出がまずあります。

また、テーマも恋愛の難しさという問題を、かなり抽象的な操作で扱っていたり、主人公(杉咲花さん=好演)が純文の作家という設定で、内容もこれに関連していたりということで、まさに文芸映画のノリでした。ですので、開始から数週間は、賛否両論でかなり騒動になっていたのも事実です。

ちなみに、ほぼ炎上のようになった初期の否定論というのは、「一対多の男女関係を示唆するなど、人物に共感できない」というのが多かったです。これに加えて、「映画みたいで地上波にふさわしくない」「世界観が合わない」という声も多くありました。

その一方でYouTubeでは考察系の動画が多数上がり、色々と話題にはなっていました。最終的には平均のクラシックなTV視聴レーティング(世帯視聴率)は3%前後でしたが、TVer再生数などは初回が211万で、トータルではかなりの数値になっているようです。作品としては成功であったのではないかと思います。

本作に関しては、個人的な評価は65点というところで、秀作とは思えませんでした。杉咲さん、そしてTVへは珍しい出演となった内堀太郎さんなど、役者さんは相当にハイレベルだったのですが、脚本と演出は今一つでした。テーマに見合うような落とし所への持って行き方が弱いのと、沈黙や静止の時間が弛緩していて、しかもコントロールされていないなど、作品の全般に薄さと弱さが透けて見える作品でした。

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