日本の伝統的な技術を継承してきた宮大工と石工、そのプロフェッショナルたちが今までの仕事や人生観について語りました。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、鵤工舎(奈良県)の総棟梁の小川三夫さんと、十五代目穴太衆(あのうしゅう)頭で粟田建設社長の粟田純徳さんによる、石積み技術に関する貴重な対談を紹介しています。
古墳時代から続く驚異の石積み技術
「最後の宮大工棟梁」と称された西岡常一氏の弟子としてその技と
十五代目穴太衆頭で粟田建設社長の粟田純徳氏もまた、古墳時代に
宮大工と石工、それぞれの道を極めてきたお二人が語り合う、心に
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<小川>
粟田さんが第十五代目頭を務める穴太衆(あのうしゅう)は、代々
<粟田>
ええ、代々ここを拠点に仕事をしてきました。ただ、もともと穴太
そして788年に比叡山延暦寺が創建されると、延暦寺や僧侶の宿
その後、穴太衆の名前が初めて世の中に出てきたのが、戦国武将・
それに織田信長が着目して安土城に採用したことで、全国の大名た
<小川>
具体的には穴太衆の技術は他とどのように違うのですか。
<粟田>
穴太衆が得意とする石積みは、大小の様々な自然石をほとんど加工
もちろん自然石には同じ大きさ、重さ、形状のものはありませんか
<小川>
ああ、口伝だけで。
<粟田>
地震大国の日本で、手で積んだ石垣が崩れないのかと思われるかも
例えば、穴太衆には「石は二番で置け」という教えがあります。石
そうすると、地震が来た時、それぞれの石が動いて衝撃を分散して
また、土の「水ぶくれ」による崩壊を防ぐため、石垣の奥に栗石(
<小川>
驚くべき技術ですね。
<粟田>
実際、新名神高速道路が開通した際に、集荷装置でジャンボジェッ
<小川>
手積みの石垣がコンクリートより強いことが証明された。
私も同じようなことを体験しました。私たちが……(『致知出版社の「人間力メルマガ」』2024年8月20日号より一部抜粋)
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