命にかかわる異常気象が多発する昨今、ますます重要性が高まっている気象の予測。そんな気象予報を大きく変えうるAIモデルが開発されていたことをご存知でしょうか。今回のメルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』では『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作で知られる辻野さんが、グーグル/ディープマインドが昨年11月に発表した最新の中期気象予報モデル「グラフキャスト」を紹介。その予測プロセスを詳しく解説しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:AIモデルで気象予報が変わる
プロフィール:辻野晃一郎(つじの・こういちろう)
福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。
AIモデルで気象予報が変わる
今年のノーベル物理学賞や化学賞の受賞者にグーグルOBや現役のAI研究者が選ばれたことを以前に取り上げましたが、化学賞を受賞したデミス・ハサビスとジョン・ジャンパーは、グーグル(アルファベット)が買収してその傘下にある英ディープマインド社の創業者と研究者です。たんぱく質の立体構造を高精度に予測する「アルファフォールド(AlphaFold)」と名付けたAIモデルを開発した功績で選ばれました。
それに関連して、やや旧聞にはなりますが、昨年11月、グーグル/ディープマインドは、予報精度が従来のシステムを90%以上上回るという最新の中期気象予報モデルを発表しています。「グラフキャスト(GraphCast)」と名付けられたAIモデルで、同社は、「我々は、これが気象予報の転換点になると確信している」と述べています。
従来の中期気象予報は、一般的に「数値予報」と呼ばれ、流体力学や熱力学などの大気科学の原理に基づき、現在の気象条件を巨大なモデルに組み込むことで、今後の変化をシミュレーションします。具体的には、地球大気や海洋・陸地を細かい格子に分割し(図1参照)、世界各地から送られてくる観測データに基づいてそれぞれの格子にある時刻の気温・風などの気象要素や海面水温・地面温度などの値を割り当てます。こうして求めた「現在」の状態から、物理学や化学の法則に基づいて、それぞれの値の時間変化を計算することで「将来」の状態を予測します。
このシミュレーションに用いるコンピュータープログラムを「数値予報モデル」と呼び、大気の流れ(風)をはじめ、水蒸気が凝結して雨が降ること、地面が太陽に暖められたり冷やされたりすることなど、さまざまな現象が考慮されています。
図1:全球の大気や海洋・陸地を格子で区切ったイメージ(気象庁HPより)
グラフキャストは、数値予報モデルでシミュレーションする代わりに、過去39年分(1979年~2017年)のデータを学習させたAIモデルを使います。すなわち、過去39年間に起きた気象上の出来事にもとづいて確率論で予測を行なうというモデルで、数値予報モデルに比べて計算速度は圧倒的に速くなります。
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グラフキャストの予測プロセスは、地球の現在の気象と6時間前の気象データから始まり、まずは6時間後の気象を予測します。その後、これらの予測をモデルにフィードバックし、同じ計算を繰り返して、より長期的な予測を出力していきます。
ディープマインドの研究チームは、グラフキャストの結果を、中期気象予報に使用される「HERS」という数値予報モデルと比較してみました。その結果、1,380回行ったテストの90%以上で、グラフキャストがHRESを有意に上回ったとのことです(指標としてよく使われる上空5,000mの気圧の精度が従来モデルより高い等)。
また、グラフキャストは、熱帯低気圧や異常な気温変化などの異常気象の予測にも能力を発揮し、特別なトレーニングをしたわけでもないのに、驚くほど的中させたと報告しています。
グラフキャストについて、グーグル/ディープマインドは、「気象学者が利用する標準システムと並行して機能するためのものだ」とし、「我々のアプローチは、伝統的な気象予報手法の代わりとなるものではない。むしろ我々の研究は、AIモデルによる気象予測が、従来モデルの課題を解決し、改善できる可能性があることを示す証拠であると解釈されるべきだ」と述べています。
グラフキャストが実運用で使用されるようになるにはまだ時間が掛かるようですが、ECMWF(ヨーロッパ中期予報センター、European Centre for Medium-Range Weather Forecasts)が中期気象予報にAIを本格活用する際などに採用されるモデルの有力な候補になり得ると思います。
今回、このニュースを取り上げた理由は、私が以前にウェザーニューズという気象情報会社の社外取締役を務めた縁があり、在任中に、「近い将来グーグルのような会社が同社の手ごわい競争相手になったりM&Aされるようなリスクに備えておいた方が良い」という警鐘を鳴らしたことがあり、いよいよそのような話が顕在化してきたように感じたからです。
もちろん、今回の話は、そのもっと前段で、国際機関のECMWFや日本の気象庁が今後の中期予報モデルをどうするか、というようなレベルの話ですが、超大規模データやAIを扱うことが得意なグーグルのような会社は、今後気象予報の世界でも本格的に頭角を現してくる可能性があることは間違いないでしょう。
単なる個人的な興味から今回は本件を取り上げてみましたが、AIの専門家たちは、囲碁や将棋の分野(グーグル/ディープマインドのアルファ碁など)、たんぱく質の構造などの生命科学の分野、そして気象予報の分野etc.というように、ありとあらゆる分野に大きな存在感を発揮し始めています。まさに本格的なAI時代の幕開けを感じますが、この話もその流れの一端としてお伝えしました。
※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~ 』2024年11月15日号の一部抜粋です。興味をお持ちの方はぜひこの機会にご登録ください。
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