斎藤元彦氏が劇的な逆転勝利をおさめた兵庫県知事選。その新しい選挙の形は多方面に衝撃を与え、多くの識者が「斎藤現象とトランプ現象の類似性」に言及しはじめた。SNSや動画サイトの積極活用が下馬評を覆す原動力となり、テレビ・新聞などいわゆるオールドメディアが敗北したことや、選挙運動期間中に数多くのデマが拡散された点はたしかに共通している。だが、米国在住作家の冷泉彰彦氏によれば、斎藤氏の支持者とトランプ氏の支持者とでは、そもそも「不満の正当性」に決定的な差異があるという。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:兵庫県知事選挙の構図を考える
「オールドメディアがSNSに敗北」はトランプ現象と共通だが
兵庫県知事選で、失職中の斎藤元彦候補が勝利するという意外な展開となりました。
この問題ですが、トランプ現象との類似という論評が多いようです。
確かに現状否定や既得権益への反発、メディアへの嫌悪感、SNSによる偏った情報流通という現象面では似ているのは認めます。
特に今回の兵庫県知事選の場合は、例によって「告示されると選挙の論戦内容を規制メディアが報じなくなる」という意味不明の萎縮が顕著だった問題があります。
その結果、動画サイトやSNSに敗北したのですが、この点において既成メディアには弁解の余地はないと思います。
もしかすると、今回の結果を「重く見た」既成勢力が、選挙における「SNSや動画」の規制に乗り出すかもしれません。ですが、だとしたらそれは、民主主義の後退となり大変です。
そうではなくて、既成メディアも選挙の公示・告示以降でも自由に報道するように変えるべきです。
このあたりの事情はアメリカとは違いますが、既成メディア批判ということではアメリカと兵庫県の現象は似通っています。
不満の正当性において「斎藤信者」と「トランプ信者」は根本的に異なる
それとは別に、根本的な部分で異なっている問題があります。
それは、「現状不満層の正当性」と「改革によるメリットの有無」です。結論から申し上げると、トランプ現象の現状不満には正当性はありません。
なぜなら、アメリカでトランプを勝たせた現状不満というのは、「グルーバルな知的産業に特化した」アメリカ経済では「自分たちは認めてもらえない」という不満だからです。だから、現在の「既成の権威と秩序をぶっ壊したい」というのです。
この主張には正当性はありません。アメリカは高度な知的産業国になりました。そして、アメリカの創出する知的付加価値は世界を制覇しています。ですからグローバル経済でも強いのです。
トランプ支持者が壊そうとしているのはアメリカそのもの
確かに米国の製造業は空洞化していますが、もともと中ぐらいの付加価値しか産まない製造業は仮にアメリカに戻しても、テスラのようにロボット工場になって、大した雇用は産まないのです。
もちろん、ヒラリー・クリントンの言った「アンタたちのような炭鉱労働は、環境政策で炭鉱を閉めるので消滅します。でも、アンアたちには学び直しの機会は恵んであげます」というような、人の名誉を踏みにじるのはいけません。政治家として、実に稚拙だからです。
ですが、仮にトランプにしても、製造業をアメリカに戻して、しかも工場労働者に高給と名誉を与えるというのは不可能です。
ですから、トランプ主義とは空想であり、トランプが壊そうとしているのは、アメリカを壊すことと同義で、全員を不幸にするのです。
敵方からの調略を受けているかどうかはともかく、アメリカを自壊に向かわせる種類の破壊です。
斎藤氏の支持者は日本を劇的にカイゼンしたがっている
一方で、日本の不満層が壊そうとしている現状は違います。既得権益が権力化し、DXが進まず、学校で習った英語では世界で通用せず、経団連はジャンジャン産業を空洞化させ、大卒5割の国で観光立国などと狂気の政策が進んでいます。そのくせ、残り少ない国富は高齢世代が使い果たそうとしているわけです。
少なくとも、韓国並みにはグローバリズムに適応して、もっとDXが入って、高齢労働力でなく、若者がもっとサクセスできるような改革をしてほしい、この主張には正当性があります。外資の改革はスルーするが、国内資本が改革すると潰されるのはおかしい……こうした現状不満は正しいのです。日本という国の経済としても、将来へ向かった存続という点でも正しいのです。
ですが、改革を潰す圧力は途方もないわけで、何よりも団塊世代は(減りつつあるし、投票率はもっと減っていますが)元々1年210万人、谷間世代は160万、団塊二世も190万、という上の世代の巨大な塊(かたまり)の前には、若い世代は全く無力なわけです。今の30歳は1年140万、18歳の新成人は100万しかいません。人口という面でも思いっきり不利です。
斎藤氏については、疑惑の全てがシロだとは思えません。また、彼をアシストした立花氏の動向は全く褒められたものではないと思います。また、対立候補が分散し、様々な敵失があったのも事実です。ですから、今回の選挙結果については残念だと思っていますし、再登板して斎藤氏が善政をする保証はありません。
ですから、この選挙結果については同意できません。ですが、それとは別に、若者世代の巨大な現状不満のエネルギーが投票行動を後押ししたとして、そのエネルギーについては認めざるを得ないし、それどころか希望を感じます。
「斎藤元彦氏に騙された」としても日本には希望が残る
トランプの破壊はアメリカの破壊になると思います。
斎藤氏が兵庫県を再生するかは分かりません。やはり破壊するかもしれません。
そうではあるのですが、トランプに期待したアメリカの現状不満のエネルギーには正しさはない一方で、日本の若者が今回の選挙で見せた現状不満のエネルギーに対しては前向きな評価をするところから進みたいと思います。
問題は、「斎藤+立花」のマジックに引きずられてしまったのは、「情弱」だからではないということです。これに加えて「純粋な現状批判」だけでなく「ホンモノの改革ができない絶望」が判断を歪めている可能性を感じます。
敗北主義を原点とした、やや自暴自棄的なエネルギーということです。この点は確かに問題だし、本来はこのエネルギーはホンモノの改革に向かって結集すべきものです。
そうではあるのですが、私には全否定はできないし、何らかの希望を感じます。
このエネルギーについては、例えばですが、結果的に斎藤氏に裏切られたとしても、その先に本当の方向性を見い出せるかどうかに、日本の運命は左右されると思います。あらためて韓国やシンガポールを抜き返してアジアの知的国家に進めるかどうかは、ここに掛かっているのです。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年11月19日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。メインコラム「トランプ人事という可燃物」もすぐ読めます
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