臨床心理学者の「トランプは妄想性障害」という見立て
大統領選最中に候補者が突然、こういう頭脳崩壊=言語撹乱に陥るというのは前例があり、1984年にロナルド・レーガンがウォルター・モンデールとディベートしている時に、レーガンが「一過性の激しい混乱状況」になりました。
ごく短期間の混乱は、ストレスがあれば誰にでも起こりうるが、このレーガンの場合は誰にでも起こりうるレベルのものではなかった。すでにその時点でレーガンの友人や家族は、彼の認知機能低下が進行していることに十分気づいていた。しかし、彼への「礼儀」という理由で、政治の場での彼の認知機能が真剣に論じられることはなかった。
これは、『ドナルド・トランプの危険な兆候 精神科医たちは敢えて告発する』(岩波書店、2018年刊)の中で、医師のデイビッド・リースが「認知機能障害・認知症・アメリカ大統領」と題した一文で述べていることです
同書は、トランプが第1期政権をスタートさせた2017年に25人の精神科医・心理学者がそれぞれの立場から新大統領の心の病の疑いを述べたもので、同じ本の別の寄稿者である臨床心理学者のマイケル・タンズィは「狡猾なのか、それとも単にクレイジーなのか」という一文でこう述べています。
大統領になってからのトランプの発言は、以前にも増してひどくなった。ビデオや写真やTwitterのような動かぬ証拠があるのに、そんなことは言っていない、していないと言い張ることがますます増えた。
もはや彼の精神状態は、巷で言われているよりもはるかに深刻だと言わざるを得ない。単なる自己愛性パーソナリティ障害でもなく、単なる反社会性パーソナリティ障害でもなく、単なる病的虚言者でもない、彼は妄想性障害者なのではないか。
その仮説に基づいて、著者はトランプが大統領就任の翌朝にCIAに送った15分間のビデオメッセージを分析する。第1に、トランプは「自分がCIAと仲違いしているかのフェイク・メディア」の報道は事実と逆で、自分は「CIAを1,000%支持している」と述べている。しかしこれまでのトランプの発言を見れば、「情報機関(Intelligence Community)の無能と不誠実」について数えきれないほどの罵声を浴びせてきたたことはすぐに分ります。
第2に、そのビデオの中でトランプが、自分の就任演説の際に小雨が降っていたことについて、「雨が降り始めたのは残念だったが、空から神様がご覧になって『あなたの演説には雨は降らせない』とおっしゃって、雨はすぐに止み、空はスカッと晴れた。そして自分が演説を終えて立ち去った途端に土砂降りに変わった」と語っています。
これは全て妄想で、映像記録によれば、トランプの演説開始の頃に小雨が降り始め、演説中に止むことも晴れ間が出ることもなく、終了後に土砂降りになったこともありませんでした。
第3に、トランプはこのビデオの中で、自分の就任演説の際には史上最大の聴衆が集まったと言い張ることで自分が偉大な大統領であることをCIAに印象づけようとしましたが、実際にはオバマの時よりも数十万人も少なかったことが映像で確認できています。
こうして見ると、トランプはほとんど妄想の中に生きていて、自分の妄想に矛盾する出来事は皆、フェイクだと断じて排撃するという心理状況にあることが分かります。
タンズィによると、妄想性障害は出発点となる思い込みの後は極めて正常に見え、他人から見て精神疾患には映らないし、本人も治療が必要だとは気づかないことが多い、不思議な病です。その出発点を除けば、全ては正常に見え、論理的にものを考えたり、仕事もでき、人間として魅力的でさえあったりします。
統合失調症の場合は、奇異な行動や幻覚や支離滅裂な思考が現れるので誰の目にも明らかになるが、妄想性障害は表面的には異常さは認められないと言います。
そうしてみると、トランプは、妄想性障害の上に部分的・一時的な統合失調症状態が重なっていて、冒頭の奇矯な発言は後者の現れなのかもしれません。
いずれにせよ、その本が書かれたのは2017年のことですから、それから7年後の今日、症状が一段と進んでいたとしても不思議はないのです。
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