すでにインド太平洋地域のどこにも存在しない聖域
そういう折に出された在日米軍基地の脆弱性についてのスティムソン・センターのレポートなので、その中身を知っておかなければならない。64ページの同報告書の最初の3ページをほぼ全文仮訳する。
《はじめに》
米空軍は、いつでもどこでも敵の攻撃に対応する能力を備えており、長きに渡って米国の拡大抑止盟約の支えとなってきた。しかしながら、今日、その能力はリスクに晒されている。
最近の30年間を通じて、中国は大規模な最新式ミサイルの蓄えを建設し、米国がこの地域に空軍力を効果的に投射するのに必要な滑走路を攻撃することができるようになった。
本報告書は、米中戦争となった場合、最初の重要な数日間もしくは数週間に中国のミサイル攻撃によって、日本、グアムその他の太平洋各地の米国の前進配備基地の滑走路と誘導路が使えなくなる可能性を明らかにしている。
この地域への航空機の投入を増やすとか、滑走路修理の能力を改善するとか、ミサイル防衛をさらに強化するといった手段の組み合わせでは、米国はこの問題を解決できそうにない。そのため、北京は〔開戦初期に〕素早く既成事実を作り上げるまでの間、米空軍力を押し込めておくことは可能だと考えるかもしれない現実的な危険が高まっている。
抑止力を強化するためには、米空軍は、第1列島線の内側で同盟国・友好国が実施する制空確保作戦を支援することができる、低コストで移動可能で、尚且つ滑走路無用の発着台(platforms)を大量に備えた信頼性の高い「内側の空軍力(inside air force)」を建設すべきである。
《要約》
1991年湾岸戦争以来の最近30年間を通じて、海外の米空軍基地は概ね安全な避難場所となってきた。この聖域があればこそ、米国の空軍力を急速に投射することが可能となり、敵を抑止し、また危機の際には同盟国・友好国を支援するのに役立ってきた。が、そのような聖域の時代は終わり、すでにインド太平洋地域のどこにも聖域は存在しない。
中国は、この地域内のどの米軍基地にも到達可能な大規模かつ高性能な地上発射の弾道ミサイルと巡航ミサイルの蓄えを建設するため莫大な投資をしてきた。中国の軍事戦略家たちの見方では、米国の空軍投射能力の弱点は前進空軍基地、とりわけその滑走路がミサイル攻撃に脆いことである。
残念なことに、中国の戦略家たちは正しい。米国がこの地域内の滑走路と誘導路を使うことを阻めば、人民解放軍は米国の戦闘機や爆撃機を打ち負かさずとも航空優勢を獲得することができる。
この厳しい現実に米議会はすでに関心を向けてきた。例えば2024年5月には13人の連邦議員が空軍と海軍の長官に書簡を送り、中国のミサイルの脅威が「我が国の紛争への対応能力を著しく弱めて」おり、より強固な航空機シェルター、地下壕その他の施設を至急建設して、インド太平洋における米軍基地の復旧力を改善すべきだとペンタゴンに要求した。
こうしたアイデアも悪くはないが、しかしいくら強固にしても、米軍基地はまだ滑走路それ自体というアキレス腱を抱えている。
従ってこの本報告書では、日本、北マリアナ及びその他の太平洋諸島の米軍基地の滑走路・誘導路を中国のミサイルが繰り返し攻撃した場合を想定した上で、中国人民解放軍ロケット軍(PLARF)の戦力構成とミサイルの能力や、米軍の基地アクセス、滑走路の修復時間、ミサイル防空能力に関しては、公開データに基づく控えめな前提を立てて評価している。
その結果、中国のミサイル攻撃によって、米中戦争の最初の重要な数日間もしくは数週間、それらの滑走路・誘導路は閉鎖に追い込まれるであろうことが明らかになった。
中国のミサイル攻撃は、在日米空軍基地で紛争開始から12日間に渡り、米空軍の戦闘機が作戦を行うことを阻むだろう。グアム及び他の太平洋諸島ではその期間は、最初から2日間であろう。しかし、実際には中国は、米国が空中給油作戦を行うための滑走路を閉じさせることで、もっと長い期間に渡り戦闘機の作戦を妨害することが出来るだろう。
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