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トランプの「ノーベル平和賞」受賞など到底無理だと証明された米露アラスカ会談の腰抜けぶり

全世界が注目する中、アラスカ州アンカレッジで行われた米ロ首脳会談。しかしその内容は各国メディアが伝える通り、期待外れなものとなったことは否めません。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、当会談を「プーチン大統領のデモンストレーションの場としてしか機能しなかった」と一刀両断。その上で、トランプ大統領の力ではウクライナ戦争を解決に導くことなど不可能とばっさり斬っています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:大山鳴動して鼠1匹も出なかった米露アラスカ首脳会談/複雑骨折化して単純ディールでは解決不能なウクライナ問題

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

大山鳴動して鼠1匹も出なかった米露アラスカ首脳会談/複雑骨折化して単純ディールでは解決不能なウクライナ問題

ユダヤ系ロシア人で米国でジャーナリストとして活動するマーシャ・ゲッセンは、アラスカでの米露首脳会談について事前にこう予測していた(NYタイムズ8月14日付)。

▼プーチンが何より望んでいるのは、トランプと会談を開くことで自分のパワーを全世界に見せつけることであり、トランプはそのプーチンの望み通りのものをプレゼントしようとしていることに気がついていないようだ。

▼トランプはさらに追加のプレゼントも用意していて、それは、ゼレンスキーもEUも抜きのこの会談をセットすることで、「この紛争は本当のところ、ロシアと米国の間で起きていることなのだ」というプーチンの年来の主張にお墨付きを与えてやることである。

▼つまり、プーチンは会談場に足を踏み入れた時点ですでに欲しいものは手に入れていて、それに加えてさらに、アラスカが歴史的にはロシア領だったことについてちょっと気の利いたことを話す機会にも恵まれているわけである(あくまで予想だが)。

▼従って、仮に会談が何の合意も生まなかったとしても、プーチンは失うものはない。他方トランプは、会談場から手ぶらで出てきたのでは面子を失うので、何か(something)を、というよりもう何でもいいから(anything)、受け入れようとするだろう……。

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「合意」事項は何もなし!

事態は、ほぼゲッセンの予想通りに進んだ。終了後の共同記者会見では、普通ならホストであるトランプがまず「俺がこの歴史的会談を設営し取り仕切って、ロシアにこれとこれを呑ませたんだ」と胸を張るべきところだろうに、ゲストであるプーチンに先を譲って8分ほど喋らせ、自分は後から3分ほど短く話しただけだった。

日経新聞17日付が両首脳の発言全文の日本語訳を載せていて、それで数えると、プーチンの11字詰め × 253行に対しトランプは114行で、2.2倍の差がある。それだけホストがゲストに気圧されていたということである。

しかもトランプの「合意した点はたくさんある。まだ完全に合意には至っていない大きな問題はいくつかある。前進はあったが合意が成立するまでは合意ではない」という言い方は、ほとんどしどろもどろで、つまり合意事項は何もなかった(nothing)ことを示している。

アラスカについてのプーチンの長広舌はゲッセンの予想が大当たりで、253行のうち68行(27%ほど)をそれに費やした。

米露が隣人であること、ロシア領時代からの正教会や700以上のロシア語由来の地名がアラスカに残っていること、第2次大戦中に露米が共同で行った空輸作戦のパイロットたちの墓がロシアのマガダンにもアラスカにもあることなどを述べ、それはゲッセンが言う通り、ロシアが米国と並ぶ大国であることを世界に見せつけるためのデモンストレーションだった。

「根本的な原因をすべて取り除く」

プーチンの発言の中でウクライナに触れたのは、何と55行(22%ほど)で、アラスカ歴史講義より短かった。

内容で肝心なところは、「ウクライナ情勢はロシアにとって、私たちの国家安全保障に対する根本的な脅威と関連している」「危機の根本的な原因をすべて取り除き、ロシアの正当な懸念がすべて考慮され、欧州と世界全体における安全保障の公正なバランスが回復される必要がある」と、従来からの原則的な立場を繰り返した部分である。

すべて取り除かれるべき根本的な原因とは、領土問題とウクライナのNATO加盟問題であろう。

本誌が繰り返し述べてきたように、ウクライナ紛争の本質は、2014年の「マイダン革命」でキーウ政府内に入り込んだ極右民族派勢力が米国のネオコン集団やジョン・マケイン上院議員ら反共派の支援を受けて、東部のロシア人はじめロシア語話者、親露派に対してロシア語を禁じるなど強圧策をとったのに対し、東部住民が抵抗し武装闘争に発展したことによる「内乱」である。

当時プーチンは、クリミア半島については

  1. 元々長くロシア領であったこと
  2. 突端にロシア黒海艦隊の大拠点セバストーポリ軍港があること
  3. 住民の60%がロシア人、それを含む77%がロシア語話者であること

などから、ここを極右や親NATO派に抑えられたら国家安保上の重大危機であると判断し、電撃作戦で抑え、そのまま住民投票を実施してロシア領に編入した。

東部諸州のロシア系住民も同様にロシア領にしてくれるよう求めたが、プーチンはそれを押し留め、諸君はウクライナの中で高度の自治権を確立してそこで生きよと説得した。ドイツ、フランスなどもそれに賛同し、ウクライナ憲法を改正して彼らの自治権を確立するためのキーウ政府、東部住民、ロシア、独仏による「ミンスク合意」が成り立ったが、キーウはこれを実行せず逆に東部への弾圧を強めた。

ロシアと独仏は粘り強く同合意の実現を追求したが事態がますます悪化。我慢しきれなくなったプーチンは「我々は(同合意の実現を)8年間待った」と言って22年に侵略を開始した。

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「領土割譲」はいくら何でも

理由はどうあれ、他国への侵略には違いなく、だからと言ってプーチンとしては、ロシア系住民の命の保証と自治権の確立なしに引き上げる訳にはいかない。他方、キーウとしては領土の割譲など認められるはずもないので、これには解決方法がない。

トランプ政権の立場は、ヘグセス国防長官が今年2月にブリュッセルの会議で述べたように、「我々は、皆さんと同様、独立し繁栄したウクライナを望んでいる。しかし、ウクライナの2014年以前の国境を回復しようとするのは非現実的な目標であることを認識することから出発しなければならない。このような幻想的な目標を追うことは、戦争を長引かせ、より多くの犠牲を出すだけである」というもの(本誌No.1298=25-02-17)で、恐らく今回トランプもそのように言ったのだろうが、それはキーウが受け入れるはずがないから「進展するかどうかはウクライナ次第」ということになる。ただ、クリミアについては諦めるということはあるかもしれない。

【関連】意外と核心を突いている米ウクライナ停戦案を「ロシア寄りだ」と批判する日本メディアの能力不足

NATO加盟については、ヘグセスは同じ会議で「ウクライナのNATO加盟は現実的でない」「ウクライナに平和維持部隊が配備される場合も非NATOの任務としてでなくてはならない」「米軍部隊がウクライナに配備されることはない」と述べている。

ウクライナはもちろんNATO加盟を望んでいて、それを決めるのは自国の主権の問題だと主張しているが、領土割譲に比べればこちらの方がまだ妥協可能かもしれない。

すべてが複雑骨折化してしまった今では、ミンスク合意に戻ることは不可能で、トランプ流の「バナナの叩き売り」レベルの単純なディールでは解きほぐすことはできない。

トランプは前々から「オバマがノーベル平和賞を貰えてなぜ俺が貰えないんだ」と喚いていているが、「ウクライナ和平」でそれを達成するのは到底無理であることがはっきりしたのが今回のアラスカ会談だった。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年8月18号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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