「Web3時代」に政治家が向き合わなければならない喫緊の課題
このプロジェクトに関わり、ネットで発言してきた教授は、SNSで次のように釈明した。
トークンについては、当方はその発行・供給・販売に関与しておりませんが、アプリ内での活動(意見投稿など)に応じて付与されるデジタル資産との説明を受け、その趣旨に沿った発言をして参りました。しかし、実際にはアプリ内活動とは独立して発行され、発行時点で大量に外部市場へ供給されていたことについては、事後的に認識いたしました。
トークンが外部の市場で取り引きされるとは知らなかったと言うのである。たしかに運営側は、このトークンを「コミュニティ活動への貢献に対するインセンティブ」と位置づけていた。しかし、このようなトークンは、たとえ運営者にその気はなくとも、分配を受けた人が勝手に自分のウオレットから外部市場に出すことができる。そこが、ブロックチェーンの“自由”なところである。
この教授のような高名な学者でも「Web3」といった新しい技術に精通しているとは限らない。コミュニティ内だけのインセンティブであるといわれれば素直に信じるということもありうるだろう。それでも、やや軽率だったと評価されるのはやむを得ないのではないか。
溝口氏は3月5日、SNSに「関係者間で協議と検討を重ねた結果、プロジェクトは中止する判断に至りました」「今回の経緯に関する検証や補償(返金)については、責任を持って進めてまいります」と投稿し、騒動は収束に向かっているかに見える。
しかし、「Web3による民主主義のアップデート」という輝かしいスローガンにケチがついてしまったことは、きわめて残念である。溝口氏にそんな意図はなかったと信じるが、たとえば、トークンをエサに人々を集め、そのトークンの売買で得たカネを政治献金として高市氏にまわす構図を勝手に思い描く人がいるとしても不思議ではないだろう。
溝口氏のような起業家にすれば、社会的意義とマネーゲームを一石二鳥でかなえられる枠組みはグッドアイデアと思えるに違いない。新時代を象徴する「Web3」。「民主主義のアップデート」というカッコいいフレーズ。同調する学者や有名人がいて、盛り上がり、ひとつの幻想が生まれる。
ただ、高市氏の言い分を信じるなら、高市氏や高市事務所の知らぬところで、コトがどんどん進んでいたということになる。多忙極まるなか、溝口氏や教授の言動をチェックするゆとりもなく、必要性も感じなかっただろう。政治家は熱く支援してくれる人たちをむげに扱えない。その「盲点」が、デジタル空間で数十億円規模の被害や、民主主義への不信感へと直結してしまうのが現代である。
つねに危険をはらみながらも、インターネットの描く未来図は「自律分散型社会」へと昇華する。たとえば、会社という枠組みに代わり、トークンによって投票権を持ち、世界中の参加者が意思決定を行う新しい組織形態が一般化する。
山古志DAOが世界中からデジタル村民を集めたように、行政の範囲が「物理的な土地」から「共通の価値観や目的を持つネットワーク」へと広がるだろう。
そうなった時、政治はどう変わるのか。今回の騒動は、その巨大な変化の波に、今の政治システムが追いついていないことを露呈させた。政治家が「Web3」を単なるスローガンではなく、統治の新しい形として捉え、真剣に向き合わなければならない時代が、すぐそこに来ている。
※ 編集部註:本記事はメルマガ本文の一部を修正・中略しています。
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