参院自民の「衆院のカーボンコピーではない」という強い自負
それにしても、なぜ国会審議をそれほど軽視できるのだろうか。どんなに時間をかけても、結論は同じ。そういうことなのだろう。かねてから指摘されてきた通り、たしかに国会は「形骸化」している。
省庁が立案した政策を自民党の政務調査会や総務会で議論し、そこで了承されたら、国会で成立したも同然。野党がどんなにその政策を批判しても、修正されることはまずない。それでは、国会は一体何のためにあるのか。ドイツなどでは議会で1,000か所以上も予算案を修正するのが普通らしい。予算案に指一本触れさせない日本に対し、修正こそが議会の権威であるとする欧州諸国との差は絶望的だ。完全な予算案などない。だからこそ、議会があるのだ。
ところが、日本の首相が国会の不思議なありようを逆手にとって、予算案の審議短縮をするよう圧力をかける。これでは、国のトップが率先して「国会の形骸化」を促進しているということになりかねない。
むりやり衆院の審議を短縮させたものの、少数与党である参院では、高市首相のアテは外れた。
そもそも参院には「良識の府」として、衆院のように政局に左右されず、じっくり議論を進めるべしという風土がある。同じ自民党でも参院自民党には、古くから「衆院のカーボンコピーではない」という強い自負があり、野党とも協力的な姿勢を示す傾向が強い。
参院が少数与党である以上、予算成立には野党の協力が不可欠だ。しかし、衆院での強行突破がその交渉を困難にした。国会対策は、ふだんから野党との信頼関係や「貸し借り」で成り立っている。
衆院があれほど無茶をしたのだから、自民側が「まあまあ、ここは一つ…」と頭を下げても、野党側の拒否感は強い。それがわかっているだけに、自民側も、無理に野党を説得しにかかって泥をかぶるのを避けようとした面もある。
しかし、いくら衆院で圧勝しても、少数与党の参院では通用しないことくらい、熟練の政治家であれば、わかっているはずだ。最初から暫定予算を組む方針を鮮明にすればよかったのに、「年度内成立」をごり押ししたがために、野党の協力を得られる見通しがたたず、暫定予算に頼るしか手がなくなってしまった。
高市首相は参院のコントロールを含めた党内ガバナンスが弱いのに、自分の影響力を過信してしまったともいえるだろう。
参院で議決できなければ、新年度予算案は4月11日を過ぎれば自然成立する。その間の11日分のつなぎ予算を組んだわけだが、それで良しとするのではいささか問題意識が足りない。
暫定予算では、新規の政策経費を計上することは原則として許されない。今回、例外的に小学校給食や高校授業料の無償化が計上されたが、その他の新規事業の予算執行が遅れる見通しだ。たった11日の「空白」が、民間のビジネスチャンスや自治体の計画を狂わせ、事務手続き上、新規事業のスタートを数週間も後ろ倒しにさせてしまう。
つまり、暫定予算を組むこと自体が政治的敗北であり、そうならないためには、1月に衆院解散をするなどという無謀なことをするべきではなかったのだ。
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