「時代錯誤」と評されても仕方がない今回の改正案
三笠宮家は24年に百合子さまが亡くなり、当主が不在になっていたが、2025年9月30日、孫の彬子女王が継承。母である信子さまは「三笠宮寛仁親王妃家」を創設し、その当主として独立の生計を営むことになった。皇族の妃が夫の死後に宮家を創設するのは前代未聞のことだったが、当時の石破首相や衆参両院の議長・副議長、宮内庁長官らによる「皇室経済会議」で認められた。
ただし、寛仁親王と信子さまの間に男子が生まれなかったことから、このままでは三笠宮家はいずれ断絶することになる。だがそれも、現在の皇室典範に従えばである。改正により養子が認められるとなると話は別だ。
寛仁親王と親交のあった麻生太郎氏は、分裂した三笠宮家の将来を心配しているはずで、信子さまの三笠宮寛仁親王妃家の創設に全く関与していないとは考えにくい。もちろん、信子さまの宮家創設と、麻生氏が主導する養子案がセットであり、特定の政治家による「皇室の私物化だ」と断じる証拠はなにもない。ただ、その二つの動きがあまりにも近いタイミングだったために、憶測を呼ぶことになったということだ。
自民党より保守色が際立つ維新と連立を組んだ高市政権は、皇室典範改正をめぐる議論の中心軸を違う方向に大きく動かした。それまでは、女性皇族が結婚後、皇籍を離れなければならないことが長年の問題点だった。皇族数が減少し、公務負担が増大する大きな原因になっているからだ。
今回の改正案で女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持できるとされたのはその意味で大きな前進だが、女性に皇位継承資格が与えられないという点は変わらない。「時代錯誤」といわれても仕方がないだろう。
それにしても、今の国会は惨憺たるものだ。愛子さまが天皇になる道を閉ざし、どこの誰かわからない遠縁の人の子息に皇位を継ぐ資格を与える。そんな法案に対し、女性天皇・女性宮家の創設を主張していた中道改革連合、そして、玉木雄一郎代表自ら「愛子天皇を可能にする改正を」と著書で訴えていた国民民主党までもが賛成してしまったのである。
玉木氏の「愛子天皇推し」は、単なる世論への迎合だったのか。あるいは「麻生氏との連携」という現実的な政治目的の前には容易に放棄される程度のものだったのか。彼らにとっての「皇室問題」が、単なる「政局の駒」に過ぎないことを証明してしまったと言えないだろうか。
中道の場合は「立憲・公明」という本来、相容れないはずの要素を無理やり掛け合わせた結果、両者の「最大公約数」が保守的かつ妥協的なラインに収束してしまった。実に皮肉な構図だ。
さて、皇室典範改正案は15日から参院での審議に入った。立憲民主党は皇室が養子を迎えることを可能にする条項の削除を要求する方針だが、他の会派から賛同を得る見通しは立っていない。早くも「17日の会期末までに与党などの賛成多数で成立する公算が大きい」(毎日新聞)などと、各メディアはあきらめムードだ。結局、立憲の反対姿勢も政局の中でうやむやにされる可能性が濃厚ということか。
国民の多数が愛子さまに期待する空気を、なぜ永田町の住人たちはこれほどまでに無視できるのか、全く理解できない。そこに、自分たちの名誉や系譜を皇室に重ね合わせることで、歴史に名を残そうとする権力者の「私的な欲望」が働き、多くの議員たちがその威光に引きずられているのだとすれば、国家にとってこれほど不幸なことはない。
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image by: 宮内庁






