ある種の参考になるアメリカの「150年前」の経験
今回は主としてアメリカと日本のケースを議論しようと思います。どちらの現政権も保守を標榜していますが、その内容としてはまさに「合板」政治という構造となっています。異なった「ベニヤ」が重なって貼り合わされており、それによって厚み=投票=議席=権力を構成しています。ですから、政権の性格はどのような「ベニア」が貼り合わさっているかで評価が可能ですし、政権の今後はその貼り合わせが「剥がれる」かどうかにかかっていると言えます。
まずアメリカについてですが、少し歴史を振り返ることにしてみましょう。現在のトランプ政権は共和党政権で、そのルーツは建国時に「憲法を制定して連邦国家を作る」ことを選択したフェデラリストに遡ります。ですが、そこまで戻ってしまうと、現在との連続性が薄くなるので、100年少し後の19世紀後半から見ていくことにしましょう。
19世紀半ばには南北戦争という大事件がありました。二大政党の対立ということで言えば、共和党のリンカーンは奴隷制否定+関税擁護、南部連邦は奴隷制維持と関税反対という軸で激突したのでした。その後、戦争が終わって19世紀の後半になると、アメリカでは産業革命が急速に進んだ時代となりました。
その結果として、アメリカ合衆国全体としては農業中心の経済から、世界のトップクラスの工業国への転換が始まっていました。産業が工業化することは、2つの新たな問題を生んでいったのでした。現在はAIによる産業革命が、世論をどう動かすかが注目されますが、150年前の経験はある種の参考になると思います。
2つのうちの1つは膨大な労働者の権利をどう守るかという点でした。もう1つは新興の国際競争力のある産業にとって高関税は邪魔だという問題でした。当時の共和党はこの問題で完全に守旧派に回る中で、当時の民主党はこうした新興勢力、つまり工場労働者と競争力ある新産業の利害を取り込み始めたのでした。その象徴的存在が、22代、24代の2回大統領を務めた民主党のクリーブランドだと思います。
クリーブランドは、ガンコな人柄で知られ議会と対立したり、2回とも再選に失敗したり(当時は憲法で3選が可能な時代でした)したので、歴代大統領の中で特にヒーロー的な存在ではありません。だが、その政策は労働争議の仲裁や、関税の引き下げなど、過去の対立軸からの離脱を示すものでした。
そのクリーブランドの2期目に、アメリカは深刻な不況に陥って行ったのでした。そんな中で独自の存在感を出して行ったのが、その名も「ポピュリスト党(「人民党」)」という政党でした。南部と中西部の零細な農家を支持基盤として勢力を拡大し、延べ6名の上院議員と39名の下院議員を連邦議会に送り込んでいたのです。
ポピュリスト党は、彼等の感情を代弁して「悪いのは全国的な大資本」や「北部のエスタブリッシュメント」であるとして、特に「銀行、鉄道、商業」などの財閥を糾弾していったのでした。結果的にポピュリスト党は民主党に吸収されていくのですが、労働者や貧農を代弁しつつリベラルなイデオロギーで一貫、その一方で軍事・外交に関しては平和主義と孤立主義を貫いたのでした。
元来は南部の奴隷制を維持した農場主などを主体とした泥臭い「アンチ・エリート」の党であった民主党が、19世紀後半には大きく変わっていったのです。産業化の進展によって「組合中心の中道左派」であるクリーブランド路線や、貧農や労働者を基盤とした「左派ポピュリスト」の登場にとって、対立軸における大きな移動を開始したのでした。
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