トランプが貼り合わせた全く性格の異なる2つのベニア
トランプ主義の登場は、こうした情勢に対するリアクションとしては合理的なものでした。まさにニクソンの支持グループのシフトの再現ですが、より徹底したものとなりました。その結果として、全く性格の異なる2つの「ベニヤ」を強引に貼り合わせるというマジックが生まれたのです。それは、
「格差を経済格差だけでなく、名誉の格差もゴチャ混ぜにすることで化学変化を生じさせて、巨大な現状否定感情を生み出す。これをグローバリズムと多様性包摂への敵意というアウトプットに誘導し、国の方針の中で名誉を得ていた人々を引きずり下ろす」
という破壊の部分と、
「AIや宇宙開発などの最先端分野のR&Dは、ほぼ自由放任とする。また、財政均衡を無視した極端な軽税率により、大企業や富裕層だけでなく、中流層まで経済的メリットを与える」
というバラマキ放任主義をセットにしたわけです。更には、
「グローバリズムを敵視した結果、国際分業によるサプライチェーンも敵視、自国の製造業回帰を示唆しつつ、自国経済優先という印象を創出」
とか、後は
「他国の世論が面倒なので、民主国を敵視して権威主義国家と接近」
などという建国の理念の根本から逸脱するような原則も入っています。問題は、このような動物的な感情論と、極めて貪欲な拝金主義など、以前のアメリカでは考えられなかったような「ベニヤ」が貼り合わされていることです。
ただ、巧妙なのはそれぞれの「ベニヤ」がまさに合板のように「繊維軸の方向を90度ずつずらして」貼り合わせているために、剥がれにくいということが言えます。20世紀以来の理想論や正論で対抗しようとしても、強靭に貼り合わされた合板が跳ね返してしまうようにできているのです。それが、設計によって実現されているのではなく、既成の権威への破壊衝動を軸に「行き当たりばったり」で重ねていった結果、そうなっているのです。そこに、この政権の強みがあるのだと思います。
本来であれば、AIや宇宙航空などで儲けた億万長者と、チャンスに恵まれずにサービス業の現場でクサっている中西部の若者というのは、お互いを敵視するのが自然です。ですが、グローバリズムと多様性包摂という「かつての権威」を敵にすると、この全く違う方向を向いた「ベニヤ」が固く接着してしまうのです。
接着剤としては、多様性包摂など「ウォーク文化」への敵視、更にはあらゆる知的なるものへの否定といった人間の情動の部分に根ざしたものが使われています。特に困窮者は再分配を望み、富裕層は軽税率を望むという正反対の力学を、「リベラル憎し、ウォーク憎し」という情動の接着剤でピタッと接合している、ここが政権の中核であり、同時に弱点にほかなりません。
これを解除して接着剤を溶かし、それぞれの「ベニヤ」が反り返って接合が離れるようにするには、本当の意味で本質的な取り組みが必要です。それこそ、過去200年の米国史を研究し尽くして、なお困窮地域の心情に迫り、そこから中道主義を組み立てて行くしかありません。最大の問題は、
「開拓民は自己責任主義なので、困窮に対する施しは受けない」
というアメリカ中西部独自の開拓カルチャーがあることです。これを極めて巧妙な形で悪用して、接着剤にしているのです。民主党や、共和党の穏健派は、それを溶かす溶剤を何としても発見しなくてはなりません。
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