「トランプ登場」までに歴代大統領が推進した路線
20世紀の訪れと共に登場したのは今度は共和党の「テディ」ことセオドア・ルーズベルトでした。1901年にマッキンリー大統領の暗殺に伴い史上最年少の42歳で昇格したテディは、日本では日露戦争の和平を仲介したことで有名です。そして、共和党の大統領でありながら中道的な改革を行ったことで現在大変に評価の高い大統領です。ちなみに、トランプ氏はテディが好きなようですが、理解したうえでの評価ではないようです。
クリーブランドが労働者の利害という観点から保守的な企業家たちに挑戦したのとは違い、テディは独占禁止法という概念を駆使して「健全な競争」を実現すべく戦い続けたのでした。その他にも、「食の安全」への規制、日露戦争に勝利した日本への警戒、国立公園の設置など、極めてフレキシブルな政治を行ったのでした。
現在は、民主党と共和党の対立軸が硬直化して「分断」の時代ということになっていますが、現在のデッドロック状態を解除するには、このあたりまでの二大政党の歴史をたどる必要があるように思います。それはともかく、以降の二大政党の歴史は比較的おなじみですので簡単に整理してみましょう。
まず共和党は小さな政府と孤立主義、そして軽税率と大企業優先を進め、さらに第二次大戦後にはこれに「反共主義」を加えていきました。一方の民主党は、2つの世界大戦とベトナム戦争を主導し、国際協調を推進、また大恐慌にケインズ政策で対抗して行きました。
そんな中で、興味深いのがニクソンによる支持グループのスイッチです。民主党はベトナム戦争を開始した政党ですが、やがて若い世代を中心に反戦派を抱えることになりました。また黒人の公民権運動や女性の人権運動なども包摂、更には組合運動を大きな支持母体としていました。
これに対して、共和党は北部の中産階級や大企業を支持母体としつつ、反共の理念からベトナム撤兵には消極的でした。これでは、票が足りないと思ったニクソン政権は、「南部の忘れられた白人層」の取り込みに躍起になりました。奴隷制にノスタルジーを抱きつつ、繊維産業などを利害として、時代の流れに逆行する保守派は、南部連邦時代から民主党だったのですが、これを共和党が取り込んだのでした。
ニクソンの保守派取り込みは、実はニクソン自身を救うことにはならず、結果的にはレーガンとブッシュ(父)の12年間として結実します。彼らは、その政治的パワーを活用して冷戦を勝利に導きました。ですが、古臭い孤立主義や、テクノロジーへの無理解から、ポスト冷戦の果実を経済に開花させるのは失敗。これに対して、クリントンの民主党は英国のサッチャー=ブレアのマネをして、グローバル経済への最適化に成功しました。
また、その後のブッシュ(子)は、911テロへのリアクションとして、産軍共同体の利害に乗ってアフガンとイラクの戦争に突っ込み、共和党としての孤立主義を捨ててしまいました。特にブッシュ(子)は、アフガン、イラク戦争の大義を掲げる必要から、サウジ、パキスタン、湾岸諸国、ヨルダンなどのイスラム諸国との同盟を強化して、彼らの人権などを改善もしました。
続くオバマ政権は、リーマン・ショックの後始末政権ですから、クリントン路線のグローバリズム最適化を更に進めるしか選択肢はありませんでした。またブッシュからは、軍事タカ派路線を継承しました。という中で、クリントン夫妻=ブッシュ(子)=オバマの24年間には、
「多様性推進、グローバル経済への最適化、テロリスト以外の移民を含む各人種の包摂、環境問題への取り組み」
といったポスト冷戦期の「主要な国の方針」というのが固まったのだと思います。けれども問題は技術の進歩と、グローバルな国際分業の最適化によって、格差はどんどん拡大していったということでした。これに対しては、民主党のオバマ=バイデン=ハリスの路線としては、重税による強めの再分配を主張していました。
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