■ウクライナにとって軍事的勝敗以上に見極めが重要な要素
戦況の推移については、英RUSIのエミリー・フェリス上級客員研究員が、「ウクライナ軍がロストフ地域からクリミアへ続く高速道路やケルチ海峡のフェリーを狙い撃ちしており、物資が迂回を強いられ渋滞を起こしてドローンの標的になっている」と分析していますが、これから分かることは、その影響はクリミアだけでなくドネツク、ルハンスク、ベルゴロドにも及んでおり、ロシアにとっては、国民への戦争の正当化が困難になることが容易に予測できる危険水域に入ってきているのではないかと感じます。
マーク・アーバン氏は「プーチンの暑い夏」と題したブログで、「ここ数週間のウクライナ軍の反撃は着実に成果を上げ、モスクワへの攻撃はプーチン氏が戦争の現実から目を背けさせてきたロシア国民に直接的な衝撃を与えている」と総括しています。
前線から50~200キロの範囲ではロシア軍は妨害の効かない光ファイバー・ドローンを使えず、2月以降スターリンクからロシアが排除されたことで、ウクライナだけが遠方から長距離攻撃できる非対称性が続いており、「追い詰められたプーチンが、バルト三国へのドローン侵入のような挑発に出るか、停戦を受け入れるか、重大な決断の局面が近づいている」とアーバン氏は見ています。
なるほど…とうならざるを得ないのですが、ただ、ここで話が終わらないのがこの戦争のややこしいところです。
ヴァレリー・ザルジニー氏(現駐英ウクライナ大使。前ウクライナ軍総司令官)は、7月8日付の同紙への寄稿(「ロシアの敗けであると決めつけてはならない」)の中でまったく違う角度から“ウクライナが勝っている”という楽観論に対して釘を刺しています。
ザルジーニ大使によると「西側の多くのアナリストはロシアが事実上負けたのだと論じているが、これは戦争を明らかに誤読しており、個別の戦闘の成功を拡大鏡で見て、そのまま戦略全体に当てはめようとする傾向がある。確かにドローンや精密攻撃、監視技術の発展は確かに戦争のやり方を変えたが、それは双方にとって同じ土俵の話であって、決定的なブレイクスルーをむしろ難しくしているのが現実で、この戦争はもはや作戦の優劣ではなく明確な消耗戦になっている」と述べています。これは2年近く現場の責任者を務めてきた人物の実感として説得力があります。
ザルジーニ大使はまた「敗北とは初期の野心の挫折以上の何かを意味する。消耗戦は明確な勝者を生まず、“耐久力”によって決まる。長期化する紛争の負担に耐えながら、それを支える国際的支援を維持し続けることができるのはどちらの社会か、という問いこそが決定的なのだ」と述べ、欧米メディアで広がる楽観論に対して警鐘を鳴らしており、私としてはいろいろな状況に照らし合わせて考えると、ザルジーニ大使の所感はとても腑に落ちます。
この「耐久力」という言葉は、軍事力だけを意味しているわけではありません。
私自身、これまで紛争当事者と向き合ってきた経験から痛感するのは、戦争は「武器が尽きた時」に終わるのではなく、「勝てるという確信」が失われた時に交渉が動き始めるということです。
現在のウクライナでは、軍事的勝敗以上に、その心理的転換点がいつ訪れるのかを見極めることが重要だと感じています。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ







