「19の遺跡が物語る女帝たちの時代」を誇る「男系男子」固執の高市
では、その時代に誕生し、今回、世界遺産として認定された19の遺跡とはどんなものなのか。 当時の天皇との関係を調べた。
世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」19の遺跡
01「飛鳥宮跡」
推古天皇の後を継いだ舒明天皇により造られ、皇極・斉明・天武・持統が用いた宮。今回の中心遺跡の1つ。
02「飛鳥京跡苑池」
斉明天皇の時代に造られ、持統朝まで宮殿の庭園として利用された。
03「飛鳥水落遺跡」
皇極・斉明朝の頃に造られた日本最古の水時計台。
04「酒船石遺跡」
斉明天皇の宮殿に伴う祭祀・庭園施設と考えられる。
05「飛鳥寺跡」
推古朝を代表する寺院。蘇我馬子が創建した、推古朝の仏教受容の象徴。
06「橘寺跡」
推古朝、聖徳太子ゆかりの寺院。
07「山田寺跡」
皇極・孝徳朝頃、蘇我倉山田石川麻呂の発願により造営された氏寺。
08「川原寺跡」
亡き母・斉明天皇のために天智天皇が建立。
09「檜隈寺跡」
渡来系豪族・東漢氏の氏寺。仏教受容と渡来文化を伝える寺院。
10「石舞台古墳」
推古朝の権力者・蘇我馬子の墓とされる。推古時代を象徴。
11「菖蒲池古墳」
7世紀頃の大型古墳。中国皇帝陵にならった方墳。
12「牽牛子塚古墳」
斉明天皇とその娘・間人皇女(はしひとのひめみこ)の墓とされる八角墳。
13「藤原宮跡」
持統天皇が694年に遷都した宮殿。元明天皇も使用。中心遺跡の1つ。
14「大官大寺跡」
持統朝に藤原京へ移転・整備された国家寺院。
15「本薬師寺跡」
天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈願して建立を始め、持統天皇が完成させた国家寺院。
16「天武・持統天皇陵古墳」
天武天皇は古墳時代以来の伝統的な方法で埋葬されたが、持統天皇は骨蔵器が納められており、天皇陵にも火葬が導入されたことを示す。
17「中尾山古墳」
文武天皇陵の有力説。八角墳であり、新しい天皇陵の形式を示す。
18「キトラ古墳」
持統・文武朝頃の古墳。東アジア現存最古の天文図を伝える。
19「高松塚古墳」
持統・文武朝頃。被葬者未確定だが、この時代を代表する壁画古墳。
こうして整理すると、世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」は、推古・皇極(斉明)・持統・元明ら歴代女帝の足跡そのものだったことに驚かされる。
特に、飛鳥寺跡、飛鳥宮跡、飛鳥京跡苑池、飛鳥水落遺跡、酒船石遺跡、牽牛子塚古墳、藤原宮跡、本薬師寺跡、天武・持統天皇陵などは、「女帝が国家形成を担ったことを物語る遺跡群」としてPRしても大げさではないだろう。
ところが、その歴史を「確実に守り、次世代へ引き継ぐ」と述べた高市首相は、女性天皇の実現には反対し、「男系男子」に固執している。
女帝たちが築いた国家形成の歴史を世界に誇る一方で、その歴史が示している女帝の伝統だけは現代から排除するというのだ。これほど矛盾した姿勢があるだろうか。









