■「自分の国が謝罪を強いられる」ことへの直感的な反発
まず、戦争が開始された際に大きな3つの問題があります。まず1つ目は、日本は第一次世界大戦における悲惨な総力戦の経験を経た国際社会が締結した「国際連盟規約」を批准したばかりか、この国際連盟においては原加盟国であり、また常任理事国の地位を獲得していました。
勿論、この国際連盟については、共和党の反対によりアメリカは加盟に失敗していましたが、少なくとも欧州とアジアに関しては、第一次世界大戦後の平和の基本的な枠組みとなった機構です。ですが、日本は自らこの国際連盟を脱退して、平和維持の機構を崩壊に導いたのです。
2つ目は日独伊三国同盟です。この同盟に関しては、日本国内にも反対論があり、海軍の一部にはヒトラーの著書には日本人への侮蔑の表現があるとして、同盟に対して強硬に反対する部分もあったわけです。また同盟への参加は、そのまま米英との対決を意味するということもありました。にも関わらず国策として三国同盟に参加したのは日本の自主的な判断です。
3つ目は、参戦のタイミングです。1941年12月という時点では、ナチスドイツはパリを陥落させて欧州を席巻し、更にソ連に攻め込んでもいたわけです。ですから、戦争のスケールは完全に世界戦争のレベルに達していました。そのような地球規模の状況の中で、対米英参戦をするというのは、「この戦争が人類にとって二回目の世界大戦であることを理解した上で、その衝突をアジアと西太平洋・南太平洋に拡大するもの」であったのです。
更に結果論からすれば、当時の日本はヒトラーの世界征服に乗じて、その「勝ち組」に加わろうとした、そうした指摘を受けても否定は難しいのです。
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