■いずれにせよ「謝罪」と「恭順」が求められる日本
戦争が終結した際の問題としても3点が挙げられます。
1点目は、日本の降伏(8月15日全軍無条件降伏、9月2日降伏文書調印)というタイミングは、ムッソリーニ政権が崩壊してイタリアが連合国に列した43年9月よりも、ナチスドイツが降伏した45年5月よりも更に後となります。つまり、地球規模の大戦争の最終局面においては、日本はただ一カ国の「降伏していない敵国」として約3ヶ月間を空費したばかりか、この期間には「世界中を敵に回していた」わけです。
2点目は、降伏に際して「国体護持」が実現してしまったということです。国体護持というのは、当時の政府は天皇制を中心にその維持に固執したわけですが、それだけではありません。日本の場合は、クーデターを起こしたり、国外に亡命していた政権が正当性を奪取したりという方式を取らずに、戦争を遂行した「国のかたち」が自分自身で降伏したのです。
またその「古い国のかたち」の一部であった終身雇用の官僚機構は温存され、憲法改正の手続きは旧憲法の規定に従って行われています。総理大臣の代数は、伊藤博文を1とするカウントが戦後も続きました。つまり、戦前戦後の「国のかたち」には連続性があるわけです。
3点目は、戦況の悪化する中で、例えば対米英戦に兵力を集中するために蒋介石と和平をするとか、あるいはソ連が参戦して満州国境を越えた時点で韓国に独立を与えて撤退するといった「先のことを考えた機転」が全く出来なかったということがあります。
このために、韓国や中国に取っては、第二次大戦の終結がイコール自分たちの「独立の回復=光複」だという「国のかたちの出発点」が設定されてしまう事になったわけです。つまり、近隣諸国に対して「自身の独立や平和を実現した際の敵」として永遠に日本が設定されてしまうということとなりました。日本の敗戦プロセスにおける絶望的なミスだと思います。
その一方で、戦後の日本は官民挙げての努力により、正に70年の平和を実現して来たわけであり、それによって国際社会における地位も名誉も回復されています。ですから、日本の現在の「国のかたち」には世界に向かって恥じることは全くないと思います。
一部には、国連には未だに敵国条項があるという指摘があります。これも60年代末の佐藤政権の努力によって、条項自体の削除まではできませんでしたが、国連としては「条項の無効化」は事実上実現しているという理解です。また、日本の国連代表部もそのように振る舞っています。更に、再三にわたって日本は安保理の非常任理事国に選出されて、安保理の運営に貢献しています。こうした事実を持って、日本の「国のかたち」はほぼ完全に「浄化」されたということは否定し得ないと思うのです。
ですが、第二次世界大戦に関しての日本の行動に関しては、こうした「始まり方における3つの特異性」そして「終わり方における3つの特異性」があるために、やはり「謝罪」と「恭順」が求められるという状況があります。
一言で言えば、国際連合というのは「第二次世界大戦を最後の世界大戦とする」という人類共通の目的で設立された機関です。現在の国際社会というのは、その国際連合規約を国際法の基本法として、運営されているわけであり、ここにおいて「二度と世界大戦を起こさない」ということは、国際社会の基本法の中の基本であるわけです。
一方で、日本の戦前戦後の「国のかたち」に連続性があるということは、仮にその「国のかたち」が浄化されたと自他共に認められるにしても、日本は「最後の世界大戦の敗戦国」として、「永遠の敗戦国」というステイタスにあるのです。ということは、「実質的な意味はなくても、象徴的な意味として」これからの国際社会でもほぼ不変のものとして続いていくのではないかと思います。
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