(5)サンフランシスコ体制の再確認
さて、話題を変えて、戦後の原点について考えてみたいと思います。第二次大戦はその末期においては、日本だけが枢軸国として残っていました。従って、大戦の終結は対日講和を意味しました。すなわち、サンフランシスコ講和条約(1951年9月8日署名、1952年4月28日発効)にほかなりません。このサンフランシスコ講和については、まるで主権国の日本が米国などと結んだ単独の条約のように理解されています。
これは全くの間違いです。このサンフランシスコ講和というのは、単独では成立せず、次の3つとセットになっています。それは「日本の再独立」「日米安保条約」「連合国という戦時体制を国際連合へ改組」という3点です。この3つがセットとして合意されて発効したこと、これが戦後という時期のスタートを定義しています。
(6)サンフランシスコ講和の当事者
これは49カ国で、ソ連と中華人民共和国は参加していません。ですが、ソ連は1956年の日ソ共同宣言で事実上の講和と国交正常化を果たしています。ソ連はその関係をロシア連邦に継承したという理解がされています。また、中華人民共和国は1972年の日中共同声明により国交を回復しています。
そうではあるのですが、ロシア連邦並びに中華人民共和国は、サンフランシスコ講和の元の署名国ではありません。また両国は国連の安保理常任理事国ではありますが、国連の設立時の加盟国でもありません。したがって、サンフランシスコ講和の効力の継承者ではあっても、講和の当事者ではありません。
従って、8月15日(ポツダム宣言受諾日)ないし、9月2日(降伏文書署名日)などの歴史的記念日にあたって、この両国が戦勝側を代表して祝賀行事を行うことには法的な正当性はありません。
(7)日本国憲法前文の「平和を愛する諸国民」
日本国憲法は日本が独立を実現する以前に起草されて1946年に公布、1947年に施行されています。従って、サンフランシスコ講和とは一体として考えるべき性格のものです。改憲論議において良く議論されている、前文にある「平和を愛する諸国民」という箇所も、この文脈から理解すべきものです。
例えば小泉純一郎元総理などが始めたことですが、
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
の部分を「お花畑」だと嘲笑するという習慣がありますが、誤解です。この「平和を愛する諸国民」というのは、1946年時点の連合国という意味合いです。ですから、中華人民共和国、ロシア連邦、そして南北韓国は入っていません。ちなみに引用した部分の本当の意味は、「連合国に屈服して二度と反抗しない」という意味です。
したがって、仮にこの部分を書き換えるのであれば、そのような厳粛でかつ選択の余地のない内容だということを、前提にするべきです。「お花畑」だからと嘲笑しながら抹消できる話ではありません。
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