(8)東京裁判とA級戦犯処刑について
多くの若い世代の政治家は、戦犯合祀は問題ではなく、戦没者への追悼のために靖国神社に参拝するとしていますが、それでも参拝をすることは日本の孤立化陰謀に加担することになるという点ではネガティブな効果は消せません。
この問題に関しては、改めて昭和天皇と戦犯とその家族との間に交わされたであろう、黙契の問題を問いたいと思います。A級戦犯として絞首刑となった人々については、昭和天皇は自身の身代わりに犠牲になったという意識を持っていたと思います。また戦犯個々人は(獄死した白鳥、松岡というナチ内通者を除く)自分たちの死が平和の礎(いしずえ)となることを密かな自負として去っていったのです。
更に遺族は戦犯個々人の名誉回復を公的には求めないことで、連合国と日本の「停戦の手打ち」とすること、その責任、つまり沈黙を貫く責任を意識したのだと思います。
この部分だけを切り取られると困るのですが、A級戦犯については、日米和平における清水宗治だという理解が必要です。事後法がどうとかいうのではなく、とにかく巨大な殺戮を相互に止めるためには、敗者の側における流血が必要とされたのであり、絞首刑になった方々はその犠牲になったのです。そして、犠牲になった方々は、自分の、そして家族の名誉を求めず無言のまま去っていくという決意をしたのでした。
黙契というのは、この全体を指します。つまり昭和天皇は自分の身代わりにA級戦犯が処刑されたという事実を背負う、戦犯は平和の礎として無言の死を受け入れ、遺族もその名誉回復を求めない、という沈黙の契(ちぎ)りがあった、そのように拝察がされます。さらに、昭和天皇の弔意については感じつつ一切口にしない、ということも含まれるでしょう。
戦前の国のかたちは否定されるべきものですが、その中で昭和天皇が体現されていた帝王学、また武官文官の高位にあった人物において、自身の生死にかかわる出処進退はそうしたクオリティのものであったことは疑い得ないからです。戦犯の一人ひとりは何も言わずに去ったのは事実ですが、自身の死が政治利用されることで他ならぬ日本国が孤立と危険へと追いやられることは、全くもって潔しとはしないと思います。
それどころか、靖国というのは、そもそも長州が竹橋事件を受けて犠牲者追悼のために建立した「招魂社」のときからそうですが、「さまよえる戦没者の霊」を鎮魂する目的のものでした。少なくとも従容として死に就いた東條、松井以下の将官は「平和の礎」となる覚悟の死であり、「鎮魂を必要とする」ということ自体が著しく非礼であると思います。
会津の生き残りであり、会津戦争の死者が合祀されておらず、合祀できないことを知っていた松平宮司による戦犯合祀というのも、かなり悪質な行為であり、その有効性を再確認する必要があります。それも含めて、戦後日本の国体=国のかたちにおける、この「黙契」の問題は、国家の深いところで意識していかねばならないと考えています。
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