先の大戦への「謝罪」は必要か?戦後81年の日本人に突きつけられる“過去の歴史を批判する”という選択肢

 

(4)謝罪がイヤなら批判すべき

そうは申し上げても、とにかく戦後81年も経過しているのですから、戦中派からカウントすると2代も3代も、いや4代も下の世代からすれば、生まれながらに「謝罪を強制される」のはイヤだ、という感情は理解できないわけではありません。これに対しては、ここまで延々と「護持されてしまった国体」であるが、同時に「浄化された国体」という「二重国体論」のようなものをお話しました。

しかしながら、さすがに21世紀になって生まれたような世代からすれば、自分が生まれる半世紀以上前の話です。それを生まれながらにして「謝罪」せよというのは、かなり無理な話です。無理を押し付けては反発心だけが生まれてしまうことになります。そうすると歴史修正イデオロギーだとか、日韓、日中、日米の離反工作、などに簡単に引っかかってしまうことになります。

これを避けるには、謝罪の主体であることは、ある世代より以下には求めない、その代わりに批判を求めていくということに、姿勢を変えるということを考えたいと思います。

  • 日清戦争は朝鮮解放戦争であり、清朝への覚醒を促すものかもしれないが、そのような方法論は、遠い将来に中国のナショナリズムが全開になった場合にはブーメランになる。威厳ある皇国としてやはり道義的瑕疵があった
  • 日露戦争は祖国防衛戦争であった。けれども勝ってしまえば朝鮮半島への統治責任が生じる。これを成功させねば、国家百年の大計として対馬海峡の向こう側に反日感情という遺恨を残す。この点に関してあまりにも稚拙であった
  • 祖国防衛のラインは国境であるべきであり、この点において山縣有朋が利益線という権益ラインを引いたことは、今、2つの列島線としてブーメランになっている。山縣理論に遡って徹底批判が加えられるべき
  • ダークサイド転落への決定的な事件は、21カ条要求なのか、その前なのか、何らかの公式見解を決めておくべき
  • 比国防衛の捷一号作戦の敗北以降は、戦争継続が民族への敵対行為であった
  • 沖縄を決戦地と設定して敗北したのは、沖縄県民への裏切りだった
  • 被爆国として被害者の正義マウントを取る前に、日本も原子爆弾の研究をしていたことを理解すべき。その上で、核の平和利用について積極的な合意形成をする必要
  • いくら研究結果を米軍に提供してチャラにしてもらい、周恩来ドクトリンでも免罪されたとしても、731部隊をはじめとした人道無視の医学実験の歴史は解明して断罪しておくべき

などなど、現在から過去への批判、断罪ということは必要だと思います。その際に、決定に関与した政治家や将官と、戦没者は切り分けて考える必要があります。作戦全体は道義的に否定すべきだが、個々の戦闘での戦没者はリスペクトするという姿勢は現代人であれば理解すると思うのです。

とにかく、謝罪の主体になるのが全く不自然になる、そのような世代であれば、過去への批判者になってもらえば良いのです。そうでなくて、過去の誤った判断で国が進んでいた時代についても、名誉回復を求めるというのは、非常に危険な態度であり、日本を孤立に追い込む陰謀の餌食になってしまいます。

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