日本人の食生活といえば、米を中心とした穀物文化を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、実は2万年以上も肉食だったのだそう。メルマガ『糖尿病・ダイエットに!ドクター江部の糖質オフ!健康ライフ』著者で糖尿病専門医の江部康二先生は、最新の研究が明らかにした日本人の成り立ちを踏まえながら、「日本人は本来どのような食を営んできたのか」という視点から、日本の食をとらえ直しています。
日本人は2万2千年間「肉食」だった
新年初号ということで、今私が最も興味を持っていることについて述べてみたいと思います。それは日本の旧石器時代のことです。
ホモ・サピエンスは約30万年前にアフリカで誕生しましたが、4万年前までは、この地球上で唯一の人類というわけではありませんでした。ヨーロッパの大草原地帯ではネアンデルタール人が歩き回り、デニソワ人はアジア中に広がっていました。インドネシアには小型の人類「ホビット」が存在していました。
しかし現在、残っている人類は唯一ホモ・サピエンスだけです。約6万年前の「出アフリカ」を経て、ホモ・サピエンスが日本列島に辿り着いたのが、約38000年前の旧石器時代とされています。
ここからが肝なのですが、日本列島の旧石器時代は、実に22000間も続きました。2500年前に弥生時代が始まり稲作も定着して現在に到っています。
つまり旧石器時代は、稲作以降の期間の9倍近い長期にわたり継続していて、しかも当時は世界で最も発達した文明圏を形成していたのです。
1949年、岩宿遺跡が発見され、それが旧石器時代のものと認められるまでに結構時間がかかりました。
発見者が相沢忠洋氏というアマチュア考古学者であったため考古学会がなかなか認めなかったのです。
しかし相沢氏は明治大学と共に群馬県新田郡笠懸村の関東ローム層(岩宿遺跡)から黒曜石で作られた打製石器を発掘・調査して、それまで否定されてきた日本列島の旧石器時代の存在を証明しました。
これをきっかけに日本列島の旧石器時代の遺跡が再調査されて、実に17000件も発見されました。
日本列島に旧石器時代が存在したという再認識の基に調査し直したら、大変多くの遺跡があったわけです。これは大変な数であり、全ユーラシア大陸を合わせてもわずか数百件くらいの遺跡しかなかったので、当時は、日本文明の繁栄が世界を席巻していたと言えます。
実は日本の旧石器時代は最後の氷期である「ウルム氷期」とぴったりかぶっており、極めて寒かったのです。
幸い、日本列島の場合は太平洋側には暖流である「黒潮」が流れており、氷期と言えども、ユーラシア大陸の寒さに比べると相対的にはかなり暖かかったと考えられます。
その暖かさのおかげで、文明が発展したと考えられます。
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