トランプは幼児かボケ老人か?ベネズエラ侵攻に踏み切った“判断力の欠乏”と米国を非難できない高市首相の“想像力欠如”

th20260114
 

国際法違反が指摘される、アメリカによるベネズエラ侵攻。しかし先進各国の首脳は、トランプ大統領の軍事行動に対して正面切って非難できない状況が続いています。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、「自分が同じ立場に置かれたらどう思うのか」という想像力の欠如こそが、トランプ氏の暴走と国際秩序の崩壊を招いていると厳しく批判。その上で、米国内外から「トランプ包囲網」を作り上げていくことこそが肝要との見解を記しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:トランプも高市も「自分がマドゥロと同じ目に遭ったらどう思うのか」の想像力が欠けているのでは

プロフィール高野孟たかのはじめ

1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

自分がマドゥロと同じ目に遭ったらどう思うのか。トランプにも高市にも欠けている想像力

私が10歳前後の子どものころには、教師からも親からも「自分が言われて嫌なことは、他の人に向かって言わないほうがいい。自分がやられて嫌なことは、他の人に対してやってはいけない」と繰り返し教えられた。

今にして思えば、細かい禁止項目を50も100も並べて1つでも違反したら罰すると脅す「他律型」ではなく、自分の心や体を基準にして他人の痛みへの想像力を働かせれば自ずとやっていいことと悪いことの区別はできるはずだと諭す「自律型」の教育ということだったのだろう。

自らを律する「普通の大人」になりきれていないトランプ

私自身がその後の70年余の人生でその教えに忠実だったかどうかは措くとして、トランプ米大統領がそのような教育を受けていなかったことはほぼ確実で、もし受けていれば、彼がベネズエラに対してやったのと同じことを今度はベネズエラのロドリゲス暫定大統領が米国に対して行い、トランプ夫妻を拉致してカラカスで裁判にかけたとしても、「それは正当である」と主張しなければならない。

そういうことになってしまうからと想像力を働かせ、「だからこんなことはしてはいけないんだ」と自らを律するのが普通の大人で、それが出来ないということは、トランプが初等教育以前の幼児レベルに留まっているか、認知障害がますます進行して幼児並みの判断力しか持てなくなっているということだろう。

高市早苗首相はじめ旧西側同盟国の首脳が一様に困惑し、トランプを正面切って批判できずにモゴモゴ言っているのは滑稽極まりない。事は簡単で、自国がベネズエラと同じことをされたらどうなのかに想像力を働かせればいいだけである。

米国が日本やイギリスやフランスやドイツに対してそういうことをした場合に、「嫌だ」「困る」というだけではなく「国際法上で違法な犯罪行為」「侵略」になるのだとすれば、ベネズエラに対してもそうなのである。

その時には、指導者が独裁者で人民を弾圧しているとか、選挙で選ばれたと言っても不正選挙の疑いがあるとか、経済が破綻してせっかくの石油資源を活用できないでいるとかいった当該国の内情は何ら関係がない。外形的に国の体を成しており、それゆえに国連加盟国としても認められているのであれば、全ての国家は「主権平等の原則」(国連憲章)に基づいて取り扱われなければならない。

その点を問われたトランプは、NYタイムズに対し「私には国際法は必要ない。私自身の道義性。私自身の心情。それだけが私を止められる(My own morality. My own mind. It’s only thing that can stop me.)」と言い放った。これじゃあ、B級西部劇に出てくる酒場や賭博場の用心棒を兼ねた悪徳保安官の「俺が法律だ。何か文句があるか。ズキューン!ズキューン!」というのと同じで、近代以前である。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

print
いま読まれてます

  • トランプは幼児かボケ老人か?ベネズエラ侵攻に踏み切った“判断力の欠乏”と米国を非難できない高市首相の“想像力欠如”
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け