LINEもスマホもなかった昭和の方が“豊か”だった?心理学者が説く「便利断ちキャンプ」の驚くべき効果

Yamaguchi,,Japan,June,13,2019:,Photos,Of,Old,Japanese,Ads
 

SNSやスマホ、コンビニ、LINEと、情報量と便利さに溢れた令和の時代。しかし、不便で不自由だった昭和の時代を生きた世代は、ふと「あの時代の豊かさ」を懐かしく思い出すといいます。情報化と引き換えに私たちが失ってしまった「何か」とは何なのでしょうか。今回のメルマガ『富田隆のお気楽心理学』では、心理学者の富田隆さんが、駅前商店街での触れ合いや公衆電話での恋愛など昭和の豊かさを振り返りつつ、心を昭和に旅させる「マインドトリップ」と、便利さを敢えて手放してみる「便利断ちキャンプ」を提案します。 

昭和の思い出 ありますか?

最近、「昭和」と「令和」の比較、といった話がSNSを賑わせています。

 まあ、半世紀も過ぎればいろいろと変わりましたから、様々な切り口から、如何様にも両者の違いを論じることはできると思います。  「十人十色」「百人百様」で「千差万別」な比較論に花が咲くことでしょう。

 私自身が一番感じるのは、「情報量の爆増」といった違いでしょうか。  個人のもとに毎日飛び込んで来る「情報」の量、そして個人がアクセスすることの可能な「情報」の量、さらには、意図的にまた無意識に個人が発信している(垂れ流している)「情報」の量が、この間、指数関数的に爆増したのです。

 逆に言えば、昭和時代の生活は、(今と比較して)ごくわずかな「情報」に関わっていれば普通に生活ができた時代でした。

 しかも、そうした情報の多くは、組織や集団が「共有」している情報でした。  ビジネスマンなら朝、『日経新聞』に眼を通していれば、同僚の会話に付いて行けましたし、女子高生なら『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』を前の晩に見ておけば、翌日の友人たちとの会話に不自由することはありませんでした。  小学生なら、『8時だョ!全員集合』でしょうか。

 当時は、メールや「LINE」も、SNSや「ヤフーニュース」も、「TikTok」や「YouTube」も、ありませんでした。  その前にまず、インターネットやスマホ、パソコンといったものが無かったのです。

やたら不便な時代だった

 昭和の昔は、「インターネットもスマホも無い時代」だった、と聞かされて、現代の小学生や中学生なら、自分たちがこの令和の時代に生きていて「本当に良かった」と思うでしょう。  ついでに、「『ゲーム』も無かった」、それに「コンビニ」や「アマゾン」(両者を支えているのは「情報処理技術」)も無かった、と聞かされれば、さらに驚いて、「昔の子供たちはどうやって生活していたんだろう」と不思議に思うかもしれません。

 「友達と、どうやって連絡を取り合っていたんだろう?」  「知らない言葉もググれないわけ?」  「新曲とかバズってるダンスとか、チェックできないの?」  「電車の中で何するの?」

 といった具合に、その「不自由さ」に次々と気付くはずです。

 確かに、この半世紀で世界は随分と「便利」になり、個人が情報を使える「自由度」は飛躍的に高くなりました。  現代しか知らなければ、そうした「自由」がゴッソリと奪われることに愕然とするはずです。

 しかし、何も無かった?昭和時代を実際に生きていた年寄り世代、少なくとも、この私なんぞは、ちょっと反応が違うのです。  あの、「不便」で「不自由」だった時代に、単なる「郷愁」を感じるだけでなく、あの時代ならではの「豊かさ」、情報化による便利さと引き換えに失ってしまった「何か」を思い出すのです。

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