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だからマイナンバーカードは嫌われる。コロナ便乗・ポイント還元でも普及しないワケ=岩田昭男

10万円現金給付のオンライン申請ができることで脚光を浴びたマイナンバーカード。何としても普及させたい政府は、ポイント還元や健康保険証機能の付与など次々と手を打っているが、重要な点を見逃しているので国民の信頼は得られないだろう。(『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』岩田昭男)

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プロフィール:岩田昭男(いわたあきお)
消費生活評論家。1952年生まれ。早稲田大学卒業。月刊誌記者などを経て独立。クレジットカード研究歴30年。電子マネー、デビットカード、共通ポイントなどにも詳しい。著書に「Suica一人勝ちの秘密」「信用力格差社会」「O2Oの衝撃」など。

コロナ禍で一番割りを食ったクレジットカード

新型コロナ禍は日本経済に壊滅的な打撃を与えている。個人経営の飲食業や小売業の多くが店を閉めざるをえなくなり、旅館・ホテル業界では廃業が相次いでいる。

航空業界に与える影響も深刻だ。中国に端を発した新型コロナウイルスの感染がアジアからヨーロッパ、アメリカ、南米へと拡大して以降、国境を越えての移動や旅行が厳しく禁じられるようになった。現在、日本は世界100カ国・地域を渡航中止対象としているが、これは他の国々も同様で、いわば世界中の国々が一斉に鎖国政策をとるようになったわけだ。

その結果、今年4月の訪日外国人、すなわちインバウンドの数は、前年同月比99・9%減のたったの2,900人となり、日本から海外へ出ていった人も前年同月比99・8%減の3,900人になってしまった。日本にやってくる外国人も、海外に出かけていく日本人もほとんどいなくなったといっても過言ではない。

そのあおりをもろに受けたのがJAL(日本航空)やANA(全日空)に代表される航空会社だ。

そして、そのJALやANAが発行するクレジットカードもまた大きなダメージを受けた。JALカードやANAカードは年会費の高い上級カードで、海外旅行や海外でのビジネスに使うことを売りにしてきたが、コロナ禍にあってはまったくの宝の持ち腐れである。

忘れられていたあのカード

その一方で、これまで長いあいだ注目されることなく忘れられかけていたカードが、一躍注目を集めている。いわゆるマイナンバー(個人番号)カードである。

2016年にスタートしたマイナンバー制度。マイナンバーカードとは、政府(総務省)が発行するICチップ付きのプラスチックカードで、氏名・住所・生年月日・性別・マイナンバー(12桁の個人番号)が記載された顔写真付きのカードだ。

マイナンバーカードは身分証明書として利用できるほか、各種行政手続のオンライン申請、e-Tax等の電子申請、コンビニなどで住民票や印鑑登録証明書などの公的証明書の取得に利用できる。

だが、これらの行政手続きはマイナンバーカードがなくてもできるし、日常生活における必要性が乏しい。マイナンバーカードを持たなければならないという法的義務がないこともあって、4年たったいまでもマイナンバーカードの普及は一向に進んでいない。

Next: そもそもコンピュータを使って国が個人情報を一元管理する制度の導入は――



不幸な生い立ちのマイナンバーカード

そもそもコンピュータを使って国が個人情報を一元管理する制度の導入は、国民総背番号制といわれた時代からプライバシーを侵害するおそれがあるとして強い批判があった。しかし、2003年から住民基本台帳カード(住基カード)の発行が開始され、国民ひとりひとりに11桁の住民コードをつけ、国が住所・氏名・生年月日・性別を管理することができるようになった。

住基カードの情報は自治体間のネットワークで共有されたが(住基ネット)、個人情報流出の危険性が指摘され、住基ネットに参加しない自治体も出るなど、住基カードは国民にほとんど利用されることはなかった。

この住基カードのいわば後継として登場したのがマイナンバーカードだったが、前述のように住基カード同様、国民にはまったく不人気で、総務省によればマイナンバーカードの取得率は約16.4%(2020年5月7日)でしかない。

業を煮やした政府は昨年、まず公務員の取得促進を図るため、公務員とその家族のマイナンバーカードの所持状況を調査したが、国家公務員に限っても取得率は25%程度でしかなかった(2019年10月現在)。政府の意気込みとは裏腹に、身内にまでそっぽを向かれてしまっている実態を明らかにしただけだった。

自治体によっては、マイナンバーカードを取得していない職員に対して取得を強要するようなことも行われており、問題になっている。

マイナンバーカードでポイント還元の禁じ手

それでも政府は2023年度までに、ほとんどの国民にマイナンバーカードを持たせるという目標を掲げており、その目標達成ために躍起になっている。2021年3月からは健康保険証として利用できるようにする予定で、いずれは運転免許証の機能も追加される見込みだ。

それだけではない。マイナンバーカードの普及のためならまさになりふり構わずだ。

2019年10月からの消費税増税(8%から10%にアップ)にあわせて開始したキャッシュレス決済のポイント還元制度が6月末で終わるのを待って、9月からはマイナンバーカードを使ったポイント還元制度を新たにスタートさせる予定だ。

マイナンバーカードをクレジットカードやペイペイなどのQRコード決済やSuicaなどの電子マネーとひもづけ、買い物をした際の金額の25%をポイントで還元する。Suicaなどに現金をチャージしてもポイント還元の対象になるという。

還元金額は最大で5,000円という上限付きだが、これを機になんとしてもマイナンバーカードの取得比率を高めたいという政府の本気度が伝わってくる。

6月までのポイント還元は経産省の管轄だったが、マイナンバーカードの普及促進のために、総務省が強引に乗っ取ったという見方もできる。

それはともかく、国民のマイナンバーカードへの関心は依然として低いままだったが、戦後最悪といわれるパンデミック(世界規模の感染拡大)をもたらしている新型コロナという超弩級の災いが、思わぬ援軍となる。

政府と総務省は新型コロナを、マイナンバーカードを普及させる絶好のチャンスと考えたのである。

Next: 政府は4月20日、新型コロナの緊急経済対策として、住民基本台帳に記載――



10万円給付に便乗したマイナンバーカード

政府は4月20日、新型コロナの緊急経済対策として、住民基本台帳に記載されている全国のすべての国民に対し、「特別定額給付金」として一律10万円を給付することを決定。給付金の申請は、新型コロナ感染防止のため、市区町村などの自治体の窓口では原則として受け付けず、郵送もしくはオンラインで行い、オンライン申請にマイナンバーカードを使うようにしたのだ。

郵送で申請する場合は、世帯主が自治体から送られてきた申請書類に必要事項を記入し、本人確認のための運転免許証や銀行の通帳の写しを返送すると指定の銀行口座に、各世帯の人数分の給付金が振り込まれる。

これに対してマイナンバーカードを持っていれば、自治体から申請書が到着するのを待たずに、パソコンやスマートフォンを使って専用サイトからすぐにオンライン申請ができる。

このため、すこしでも早く給付金をもらいたいと新たにマイナンバーカードの発行を申請する人が相次いだ。

使えないマイナンバーカード

ここまでは政府の思惑通りである。

ところが、マイナンバーカードを申請するには自治体の窓口で手続きをしなければならず、しかも、申請してからカードが発行されるまでに1~2か月かかるという。これでは何のためのオンライン申請かわからない。

すでにマイナンバーカードを持っている人はどうかというと、暗証番号を忘れたり、5回続けて間違えてしまいロックされてしまう人も出てきた。

再設定するには自治体の窓口に行かなければならず、マイナンバーカードを新たに申請する人とともに行列ができて、新型コロナ感染リスクが高い3密状態を生んでしまったのである。新型コロナの経済対策としての給付金を受け取るために、コロナに感染してしまってはまさに本末転倒で、笑うに笑えない。

なんとかオンライン申請にこぎつけても、今度は名前や住所の入力ミスが多く、目視で行う住民基本台帳の情報との照合に自治体職員が忙殺されることになった。

自治体業務の効率化どころか、逆に非効率化を進めたようなものだ。このため、マイナンバーカードによるオンライン申請を中止し、郵送の申請だけに限定する自治体が続出した。

この騒動では、自治体も国民同様に被害者である。自治体が住民に対して、郵送のほうがオンラインより早く申請手続きが完了し、早く還付金が振り込まれるとアナウンスするにいたっては、もはや喜劇としかいうほかない。

あるいは、屋上屋を重ねた個人情報管理システムの弱点と弊害が露呈した悲劇であるともいえる。

国もわれわれ利用者も、莫大な税金を投じてつくりあげたデータ管理システムを17年間もただほったらかしにしておいたツケがいま回ってきたといえるだろう。

Next: 実は台湾や中国では、個人を特定できるマイナンバーカードが感染拡大阻止――



感染拡大防止に一役買ったカード

こうして日本のマイナンバーカード活用は大失敗に終わったわけだが、新型コロナの感染拡大が始まった今年の2月ころから、実は台湾や中国では、個人を特定できるマイナンバーカード型の多機能カードが感染拡大阻止に大いに役立つといわれ始めていた。

各国のカードはそれぞれ異なっているが、その多くがICチップ搭載の身分証明や健康保険証の機能を付けたり、スマホに入れることができる多機能カードである。

たとえば台湾では、国民が自販機で一定期間に決められた枚数だけマスクを購入することができる。そのときに使われるのが「健康保険カード」で、このカードを身分証明書がわりに使って個人を識別している。

また、韓国や中国では買い物やサービスの利用のほとんどがキャッシュレス決済のため、スマホに載せたアプリを使い、感染者の行動をトレースして、彼らの位置情報をはっきりさせることで、クラスターと呼ばれる大規模な集団感染の発生を未然に防ぐことに成功したという。

マイナンバーに銀行口座をひもづける

こうした情報がマスコミで紹介されるようになると、これまで個人情報を国が管理することに反対し、個人情報の提供を拒んできた人たちの考え方が少し変化し始めた。

「感染拡大病防止に役立つのなら多少のリスクは目をつぶろう」「ある程度、個人情報が行政に把握されるのもやむを得ない」などと考えるようになったのだ。

これは大きな変化である。

この国民意識の変化を感じ取った自民党の若手議員のなかから、マイナンバーに銀行口座をひもづけて、今後、大きな災害が起きたときに迅速に現金給付が行えるようにするという案が浮上してきた。近く議員立法で法案の成立を図る考えだという。

今回の10万円給付の失敗を教訓にしようというわけだが、現政権はカードを普及させるために何でも利用しようとしてきた。キャッシュレス決済のポイント還元は消費税増税とだき合わせだったし、10万円給付にしても、コロナ禍に便乗してマイナンバーカードの利用を促した。やり方があまりにもあざとい。

マイナンバーカードに個人情報を盛り込めば盛り込むほど、国や自治体に個人情報を把握されることになり、個人情報の漏洩や悪用されるリスクについて国民は一層神経質になっていく。

マイナンバーに銀行口座をひもづけることになれば、せっかく変化の兆しがあった国民意識がまたもとにもどりかねない。そのジレンマをどう解決するかが今後の課題となるだろう。

Next: やはり基本は、個人情報保護の法律をいかに整備するかである。少なくとも――



普及のカギは「個人情報の保護」

やはり基本は、個人情報保護の法律をいかに整備するかである。

少なくとも、EUが2018年に施行したGDPR(EU一般データ保護規則)のような確固とした法律がないとマイナンバーカードの真の発展はないといえる。

GDPRでは自治体や企業が個人情報を利用する場合に、必ず、本人への同意を義務付けている。その団体や企業が自分の気に入らなければ、拒否することもできるし、データポータビリティといって、自分の個人情報をその団体、企業から抜いて、他の所に移すこともできる。

そうした利用者の立場に立った法的環境づくりが日本政府に求められるところであろう。

そのことを踏まえたうえで、現行の住基ネットやマイナンバーの欠陥や欠点を修正して、多くの国民の不安を払拭するシステムを構築することが先決だ。

こうしたシステムが機能するには、何よりも政府に対する国民の信頼が不可欠である。信頼できる政府であれば個人情報を国や自治体に提供することの抵抗感も和らぐはずだ。

しかし、残念ながら現在の政府は国民の信頼に応えることができるとは思えない。

そう考えると、マイナンバーの前途は依然として多難であるといわざるをえない。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2020年5月28日)
※タイトル、見出しはMONEY VOICE編集部による

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