真田丸『第28話』裏解説。黄金の城「聚楽第」は、なぜ壊されたのか?

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NHK大河ドラマ『真田丸』を放送直後にワンポイント解説する人気連載シリーズ。今回は「戦国時代の築城」について。以前「真田丸『第19話』解説。なぜ天下人の秀吉に5つも城が必要だったのか?」でも紹介したように、秀吉は次々に5つもの城を建てましたが、不要になればあっさり壊していました。これは秀吉が周囲に権力を見せつけるためだったのでしょうか?著者の西股総生さんはちょっと異なる見解を示しています。

今回のワンポイント解説(7月17日)

ワンポイント解説の19回(5月15日号)で、秀吉の城郭政策について説明した。戦略的状況に応じて、必要な場所に必要な機能をもった軍事施設を造るのが戦国時代における築城。秀吉もこの原理にのっとって、自分が置かれた状況に対応するために、次々と城を築いていった、というお話し。 

さらに、天正20年(文禄元年 1592)からは伏見城の建設にとりかかる。この伏見城は、のちに桃山御陵になった伏見城(木幡山)とは別の場所であり、指月伏見城と呼ばれている。指月伏見城はもともと、関白職を秀次に譲ったのちの隠居所として築かれたものだ。指月を選んだのも、風光明媚な地だったから。 

もっとも、関白職を秀次に譲ったとはいえ、全国の大名を実力で切り従える武家の棟梁が秀吉である、という事実は変わらないわけで、秀吉はこの立場をもって朝鮮・明の征服に乗り出そうとした。つまり、日本の支配者(関白)という本社の社長ポストを秀次に譲り、自身は豊臣グループの総帥としてグローバル化に乗りだそうとしたわけだ。ところが、秀頼の誕生によって、このマスタープランが狂ってしまう。仮に、関白を秀次→秀頼とバトンタッチするコースを決めておいたとしても、秀頼が成人する頃には自分はこの世にいない。となれば、秀次の子と秀頼との間で権力闘争が起きてしまう。そうした事態を怖れて、秀吉は秀次の粛清に踏みきったのであろう。 

こうして秀次がいなくなると、関白の公邸である聚楽第も不要になる。むしろ、聚楽第の周辺にあった大名屋敷などを、伏見に移転させたほうがよい。粛清のあとには権力の集中が必要になるからだ。そこで、聚楽第は破却されることになる。

このように整理してくると、軍事政権の戦略上の必要から城が築かれ必要がなくなれば廃棄される、という「戦国の城は使い捨て」の原理が、ちゃんと生きていることがわかる。けれども、戦略上の選択というセオリーが理解できないと、秀吉が次々に城を築いたり壊したりしていった理由も理解できない。そこで、やれ権威・権力を見せつけるために築いただの、秀次の記憶を抹殺するために聚楽第を破壊しただの、といった説明が必要になってしまうわけだ。その手の説明って、分析すべき事をきちんと分析していないだけじゃないか?って、僕は思うけどね。(西股総生)

今週のワンポイントイラスト

豪華絢爛を誇った聚楽第も、戦略上必要なくなった途端、容赦なく破却!(みかめ)

 

文・絵/TEAM ナワバリング(西股総生・みかめゆきよみ)

ナワバリスト(城郭研究家)の西股総生率いる、お城(主に山の城)と縄張りを愛する3人組

 

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