「中国脅威論」はこうして作られた。新聞報道の巧妙な世論誘導

 

海上民兵とは何か?

(1)の「中国漁船が押し寄せた」のは事実だが、(2)の短い文章を通じて日経が読者に与えたがっている印象は、あの中国漁船の殺到は、実は漁業目的などではなくて、漁船員に紛れた海上民兵が軍の指揮の下に中国公船(日本の海上保安庁に当たる海警局の巡視船)と共に尖閣領海に侵入して日本に脅威を与えるために仕組んだ軍事作戦だったのだということである。はっきり言ってこれはフィクションである。

ところが面白いことに、この文章には特段の虚偽や間違いが含まれているわけではなく、むしろ文言の1つ1つは事実に基づいているとさえ言える。それなのに、このような文脈に組み立てられて、しかも本来必要な丁寧な定義や説明をすべて省くことによって、あの事件の裏には中国当局の邪悪な意図があったかのような印象を読者に植え付けるものに仕立て上げられている。実に巧妙な仕掛けで、「中国脅威論」はこのようにしてマスコミによって日々デッチ上げられているのである。

第1に、「漁船には……『海上民兵』がいた」のか?

日経記事は「とされる」と伝聞調で逃げているが、それは(3)で述べているように、あの時出漁した漁船の船長に取材までしたが確たる証拠はつかめなかったということだろう。しかし、漁船に海上民兵がいたことは間違いない。なぜなら「海上民兵は漁民そのもの」だからである。

そのことを理解するには、そもそも海上民兵とは何かを知らなければならない。日本では、海上民兵を漁民に偽装した何やら怪しい特殊な武装グループであるかに描くのが流行っていて、この日経記事は、そうはひと言も言っていないが、そのような印象を与えたがっているかのようである。

しかし、北京の駐在武官を務めたことのある自衛艦隊司令の山本勝也は、海上自衛隊幹部学校の戦略研究会コラム14年12月8日付No.056「海上民兵と中国の漁民」で次のように述べている。これは、当時、大量の中国漁船がサンゴを求めて小笠原・伊豆諸島周辺に押し寄せたことに関連して書かれたものである。

海上民兵という単語が独り歩きし、あたかも彼らが、中東情勢の文脈で出てくるような、宗教団体や政治団体等の「民兵」と同様に非政府組織の武装グループとみている人がいる。或いは一般の将兵を超える特別な戦闘力を持った特殊部隊、例えば、映画「ランボー」に出てくるコマンドゥのような怪しい戦闘集団の兵士が「漁民を装って」潜入し、秘密の作戦により敵をかく乱するといったストーリーを思い描いている人もいるようだ。

しかし実際の海上民兵はそのようなものではない。端的に言えば、海上民兵は漁民や港湾労働者等海事関係者そのものであり、彼らの大半は中国の沿岸部で生活している普通のおじさんやお兄さんたちである。「海上民兵が漁民を装う」というのは大きな誤解であり、漁船に乗った「海上民兵は漁民そのもの」である。さらに付け加えると、海上民兵はれっきとした中華人民共和国の正規軍人であり素性の怪しい戦闘集団というのも大きな間違いである。

海上民兵とは、主として沿岸部や港湾、海上等を活動の舞台とする民兵の通称である。中国の国防や兵役に関する法律では「中国の武装力量は、中国人民解放軍現役部隊及び予備役部隊、人民武装警察部隊、民兵組織からなる」とされている。端的に言うと普段は他に職業を有し、必要に応じて軍人として活動する、いわゆる「パートタイム将兵」である……。

民兵が民兵として、つまり軍隊として行動する場合、国際法に則り、定められた軍服(階級章などに「民兵(MingBing)」を示す「MB」が付加されているほか人民解放軍現役部隊に類似)等所要の標章を着用して活動する。戦闘員である民兵が「自己と文民たる住民とを区別する義務を負う」ことは中国を含む国際社会の約束である。 仮に、人民解放軍現役部隊の将兵や民兵が、戦闘員としての身分を明らかにせず、「一般の(民兵として活動していない、非戦闘員である)漁民」に紛れ込んだり、一般の漁民を盾にして活動することがあるとすれば、中国は国際社会から強い批判を浴びることになるだろう……。

つまり、海上民兵は、軍制に位置付けられているという意味では正規の軍隊であるが、実際には予備役のそのまた外側にあって普段は漁民、船員、港湾関係者等々として生活し、有事には召集されて主に海上輸送などの補助的な任務に当たることになっている。従って、日経記事(2)が「『海上民兵』がいた」と書いていること自体は正しい。漁民の中には海上民兵の有資格者が多く混じっていて不思議はないからである。

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