「中国脅威論」はこうして作られた。新聞報道の巧妙な世論誘導

 

北斗システムの端末は軍事用?

次の(3)と(4)の文章は謎めいている。日経は、わざわざ福建省泉州の漁港まで取材に行って、8月に出漁した船長を掴まえてはいるが、彼のコメントは「たくさん魚が捕れるからだ」のひと言である。それ自体は真実で、彼らはその目的のために暫定措置水域に殺到したのであって、それ以外の目的はなかった。推測するに、その船長が「我々はたくさん魚が捕れるから出て行っただけだ。海上民兵? そりゃあ漁民の中にはその資格を持った奴はいるが、別に尖閣水域に入れと軍から命令が出ていたわけではない」というようなコメントをしたとすると、それを丁寧に全文引用すると、取材意図と違ってしまうので、「たくさん魚が捕れるからだ」という部分だけを切り取ったのだろう。しかし、これでは前後の文脈上、全く意味をなしおらず、単に記者が泉州まで取材に行って船長の話を聞いたのだという「臨場感の演出に役立っているだけである。

そこで話は急転直下、中国が独自開発した人工衛星測位システム北斗」の端末が、この船長の船にも装備されているという件に飛び移り、「やっぱり中国漁船は怪しいのだ」との印象を作り出そうとする。

(5)(6)では「衛星からの位置情報はミサイルの誘導など現代戦を左右する。『有事』のカギを握る技術だけに、米国の全地球測位システム(GPS)には頼れない。中国は2012年北斗をアジア太平洋地域で稼働させた。周が『昨年、載せろと命令された』という北斗端末は、すでに4万隻の中国漁船に装備された」と、いかにも軍事目的で大量の漁船に端末が配備されたかのように書き立てる。

しかし、GPS はそもそも軍民両用技術というか、軍事用に開発された技術を一部民需用に開放した軍民転換技術であって、それはインターネットや衛星デジタル通信などと同様である。中国が自国製GPS=北斗の運用に入って、それを船舶航行の安全管理のために漁船にまで順次配備したとしても何の不思議もない。それが、このように、そもそも怪しい漁船に「軍事につながる仕掛け」としての北斗GPS端末を「載せろと命令された」という具合に短絡的に文章を接合すると、ますます中国漁船が危険な軍事任務を背負わされているかの虚像が膨らんでしまう。

その延長で(7)で「宇宙、空、海。超大国・米国と張り合うように、中国は独自の秩序を押し広げている」と書くことで、日経記事は、「米国と張り合うことがいけないことであるという冷戦的価値観を主張する。つまり中国が独自のGPSを開発して漁船にまで端末を配ることが、邪悪な意図によるもので、(8)「世界のルールからはみ出すもの」だというのである。

ところが「GPSは元々アメリカの軍事用システムであるため、民間や他国の利用には一定の制限が設けられる事が多い。そのため、より自身の利益に適った独自のシステムを保有しようとする動き」(wiki)が中国のみならず欧州連合ロシアインドトルコナイジェリア等々に広がっているのが世界の現実で、実は日本でさえも自民党・民主党両政権を通じて「国家基盤としての……日本独自の高精度な位置測定衛星を打ち上げる準天頂衛星システム計画の整備」(同上)が進められてきた。日経は、中国はそういうことをして米国中心の秩序に逆らってはいけないという立場に立っている。

付け加えれば、日経(8)は「中国は国際的な司法判断さえ『紙くず』と言い放つ」と、中国が国際仲裁裁判所の南シナ海問題での判決を無視した態度を「世界のルールからはみ出」そうとしていることの傍証として挙げているが、米国が国際海洋法条約を批准せずに自国には世界の海を自由に航行する独自の権限があるかの「世界のルールからはみ出す」振る舞いをしていることについては問題にしていない。

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