東芝を追い詰めた、日本式「意思決定」プロセスの弊害

 

日本人にとってみれば、契約書作りは企業間で同意した取り決めを書類に落とし込む作業でしかありません。日本国内におけるビジネスは、一応契約書は交わすものの、お互いの信頼関係をとても重視して行われるため、「契約書に書いてあること」よりも、「お互いに同意したことが重視されるのです。そのため、契約書を交わす前からプロジェクトをスタートしてしまったり、(途中で仲違いしてしまうなどの)想定外の事象が起こった時にどうするかを前もって決めておかなかったりします。たとえ契約書に明記されていないことでも企業間の約束は守るのが日本でのビジネスの常識です。

米国は全くの逆で、企業は契約書を交わす前に(コストのかかる)実作業を始めることを極端に違うし、想定外の自体が起こった時にどうするかを前もって決めておくことこそが、契約書の役割だという認識で、一字一句にものすごくこだわって交渉してきます。

ウェスティングハウスの買収の際に、東芝と共同出資をしたショーグループは、原発ビジネスのリスクを知った上で、万が一の時に売り抜けられるように、ショーグループの要求に応じて東芝は株式を(買値で)買い取らなければならないという「プットオプション」を(交渉の結果)手に入れました。これにより、ショーグループは、ウェスティングハウスが成功した時には、その恩恵を受けるけれども、(原発事故などで)窮地に追い込まれても損は東芝がかぶる、という非常に有利な出資をすることになったのです。

これこそが、典型的な「(契約書の細部に神は宿る」例で、出資比率や出資額などの大きな数字だけを見ただけでは、決して分からない「不平等な契約」だったのです。

そして、こんな「不平等な契約を結んでしまう根本の原因は日本企業の(特に大企業の)意思決定プロセスにあります。

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