ヒアリ、東京にも襲来。「刺されて年間100人死亡説」は本当か?

撮影:松本吏樹郎(大阪市立自然史博物館)
 

文献をたどる

そこで、他にヒアリによる死亡者数のデータを示している文献がないかを探したところ、1989年に出版された、Rhoades氏らによる論文に行き着いた。

Rhoades氏らは、29,300人の医者(救急医、小児科医、アレルギー専門医、かかりつけ医など)にアンケート用紙を郵送し、過去にヒアリに刺されたことによりアナフィラキシーショックを起こした人を知っているかどうかを問い合わせた。

その結果、29,300人のうち8.6パーセントにあたる2,506人の医者から回答があった。回答により得られたケースのうち、84例が死亡したケースで、2例が重篤なケースだった。

これらの84例の報告のうち、重複しているケースを省くと、最終的には致死的なケースは32例となった。このうち少なくとも2例は最終的に回復したとされ、実際に死亡したケースは30例と見積もられた。

ところで、科学論文やWikipedia(英語版)を含めた少なくない文献に、このRhoades氏らの論文を引用して「ヒアリによる死亡例は年間80ほど」と書かれているが、上述のようにこれは重複したケースを含むものであり、正確な引用がなされていない。おそらく、Abstract(要旨)のみの情報が拾われて記述され、拡散しているのだろう。

話を戻そう。つまり、ヒアリに刺されて死亡した例は、1989年までに、累計ではっきりと判明しているのが30例ということになる。もちろん、このアンケートに未回答のままの医者の中に、ヒアリが原因で死亡した人を知っている人がいるかもしれないし、ヒアリに刺されて死んだのに、死因が心臓発作や原因不明とされているケースもあると考えられる。この30例というのは、あくまでも「最低でもこの数字」というものだ。

また、Prahlow氏とBarnard氏は、1998年までの50年間で、ヒアリに刺されて死亡した人数を、過去の文献調査により見積もった。調査された文献には、Rhoades氏らの論文も含まれる。その結果、累計で少なくとも44人が死亡していたことが判明した。

これらの結果から、少なくとも1998年までは、ヒアリに刺されたことが原因で死亡した例は年間で1〜2人が記録されていたことになる。これ以降で、ヒアリによる死亡数をきちんと調査した文献は、見つからなかった。

ヒアリの危険度は

ヒアリによる正確な死亡数ははっきりと分かっていないが、同じように死に至らしめるハチなどと比べることで、その危険性を相対的に推定することはできる。

アメリカ合衆国労働省は、2003年から2010年の8年間で、労働者が作業中に昆虫やクモに刺されたことにより死亡した人数が、累計で83人年間平均で10人程度だと発表している。この83人のうち、52人(64パーセント)はハナバチ、11人(13パーセント)はスズメバチやアシナガバチ(6パーセント)、7人はクモ、そして3人4パーセント)はヒアリを含むアリが死亡原因としている。

この結果を見ると、ハナバチなどに比べて、ヒアリによる被害の割合が、思ったよりも低いように感じる。だが、このデータの解釈の仕方には、注意が必要だ。

このデータは労働者を対象にしたものであるため、死亡事案が発生した場所が、農場などに偏っている。つまり、このデータには、農場などの環境を好むハナバチに高頻度で遭遇した結果が反映されているかもしれない。たとえば、公園や自宅の庭が主な行動範囲の子どもの場合では、また別の結果になるかもしれないのだ。

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