国際交渉人が強める懸念。バクダディの『死』で混乱増す中東情勢

 

逆に今回の“事件”で、支配地域を次々と失い、シリアやイラクからも撤退のうわさが流れたISILを、世界レベルで再度目覚めさせることになりかねないと考えています。

例えば、ブッシュ政権の時に、アルカイダを率いていたウサマ・ビン・ラディン氏を、同じくアメリカの特殊部隊が急襲し、殺害したという“事件”がありましたが(注:この時もビンラディン氏の遺体は見つかっていません)、その後、アルカイダは組織として消滅したでしょうか。それどころか勢力を増し、反米テロ勢力を拡大する結果を招くという失態につながっています。

結果、生まれてきた組織の一つがISILであり、その後、欧米人をはじめ、多くの観光客やジャーナリスト、NGO職員などが誘拐され、最悪の場合、酷い拷問や性的な虐待の末、無残に殺害されています。

ゆえに、私が今回の件をうけて懸念するのは、沈静化したかに見えたテロの炎が再燃することです。トランプ大統領が誇らしげに言ったように「これで皆、安心して眠れる夜を迎える」のではなく、逆に世界中いたるところで“テロ”に分類されるような蛮行が増発することになるかもしれません。言いたいことは山ほどありますが、これ以上恐怖をあおるのは止めますね。

混乱の中東情勢と大国の影

この“事件”とほぼ時を同じくして、もう一つの変化が中東地域、特にシリアに起きています。それは、シリア北東部におけるシリア政府軍とトルコ国軍の武力衝突です。

アメリカ軍が“撤退”し、その隙を狙ってか、トルコ国軍が、クルド人武装組織が拠点とするシリア北東部に進撃し、一気に緊張が高まりました。シリア政府軍が同国北東部に軍を送り、庇護を求めてクルド人勢力は敵であるはずのアサド軍の庇護下に入り、トルコ国軍と対峙する図式になりました。

そこでロシア・プーチン大統領の“仲介”の下、クルド人勢力を同地域から追放し、当該地域をSafe Zoneに設定して、シリアからトルコに逃げた難民の居住エリアにするという打開策が出され、アサド大統領も同意して、停戦が成立したはずでした。

しかし、バグダディ氏死去のタイミングで、アサド政権軍とトルコ国軍が直接的に戦火を交えたとのニュースが入ってきましたが、これはどういうことでしょうか?トルコとシリアの間を取り持ったロシア・プーチン大統領の影響力の低下を示すものでしょうか?決してそんなことはありません。逆にロシアのプレゼンスは高まる一方です。

実際には、この当該地域はシリア領内で、かつ、内戦時にクルド人勢力にアサド政権軍が奪われた地域であったため、アサド大統領としては、「これはシリアの領土の一部であり、トルコは領土的な野心を持ってはならないぞ」という、エルドアン大統領へのメッセージだったのではないかと考えます。

ニュースにはなっていませんが、トルコも同じように考えているようで、すぐさまエルドアン大統領からアサド大統領に対して、「合意の通り、あくまでもトルコ領内に逃げてきたシリア人難民を帰国させるためのエリアとの認識で、当該地域をトルコがコントロールする意図はない」とのメッセージを返しているようです。

しかし、アサド政権側としては、まだ内戦は完全には終結しておらず、まだ支配できていない地域もあることから、“トルコに領土的な野心がないこと”を確認したうえで、アサド政権が完全に再度全土掌握するまでは、当該地域の安定を保つためのトルコ軍の協力を歓迎する方向のようです。何ともデリケートな緊張関係です。

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