死が近づくことで、かえって整う人もいるかもしれない
春日 「死に備える」というので思い出すのが、SF作家マックス・エールリッヒ(1909〜83年)の『巨眼』(清水俊二訳、早川書房)という小説でさ。パルマ山の天文台の天文台長が、とある惑星がだんだん地球に近づいてきてることに気づくんだよね。計算したらね、2年と数ヶ月後のクリスマスに地球に激突するというところまで分かる。で、それを発表すると、当然のことながら世界中パニックになるんだけど、でもそれは最初だけなんだよね。衝突まであと1年くらいになると、逆に腹が据わってきて、世界中がなんか平和になってきちゃうのよ。政治家なんかも、私利私欲ではなく本当に人に尽くしたくなっちゃって、みんな儲けるためじゃなくて、充実感とか社会秩序のために仕事をするようになるの。世界の終わりを前にして、ある意味ユートピアが実現しちゃうわけ。世界連邦ができたりとかさ。でも、着実に惑星は地球に近づいて来る。
穂村 で、どうなっちゃうの?
春日 ついにクリスマスの日が来るわけ。皆1人じゃちょっとキツイからって、大体教会とか公園に集まったりして、いよいよだって惑星を見てるんだけど、ついに「来た!」と思ったら、あれっ? ってなるのよ。
穂村 ん??
春日 結局、衝突すると言われた時間から1時間くらい経過して、「……なんか遠ざかってんじゃねえの?」みたいになって。つまり、ぶつからなかった、という話なの。天文台長が、ここは嘘で全人類を揺さぶってやらないと世の中は良くなるまいと考えていたのでした、って(笑)。
穂村 その後の世界は書かれてないの? ニアミスした後、平和に暮らしていた人たちはどうなったの?
春日 きっと上手くいくでしょう、みたいな終わり方だった。絶対そんなわけはないし、また元のいがみ合っていた世界に戻るに違いないんだけどね。俺、この小説を中1の時に初めて読んで、感心したのよ。いやー作家ってすげぇことを考えるな、って。で、机の上に置いといたら、それを母親が読んだみたいでさ。
穂村 やっぱり「すごい!」って?
春日 いや、すっげえボロクソでさ。何これ、バカじゃないの? って反応で。
穂村 (苦笑)。
春日 当時は、何てシビアな人なんだろうと思ったけど、この前たまたま読み返してみたら、出来に関しては「母親に1票」って思った(笑)。でも、死が近づくことで、かえって整う人もいるのかもしれないという可能性には魅力を感じるな。俺はそこに、「死」を悟ることで自暴自棄になるんじゃなくて、むしろ良い方向に行くことができるかもしれないという、いわば希望のイメージを見ているのかもしれないね。
(第7回に続く)
春日武彦✕穂村弘対談
第1回:俺たちはどう死ぬのか?春日武彦✕穂村弘が語る「ニンゲンの晩年」論
第2回:「あ、俺死ぬかも」と思った経験ある? 春日武彦✕穂村弘対談
第3回:こんな死に方はいやだ…有名人の意外な「最期」春日武彦✕穂村弘対談
第4回:死ぬくらいなら逃げてもいい。春日武彦✕穂村弘が語る「逃げ癖」への疑念
第5回:俺たちは死を前に後悔するか?春日武彦✕穂村弘「お試しがあればいいのに」
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春日武彦(かすが・たけひこ)
1951年生。産婦人科医を経て精神科医に。
穂村弘(ほむら・ひろし)
1962年北海道生まれ。歌人。90年、『シンジケート』
ニコ・ニコルソン
宮城県出身。マンガ家。2008年『上京さん』(ソニー・