【第5回】俺たちは死を前に後悔するか?春日武彦✕穂村弘「お試しがあればいいのに」

0808oretachi_012_01
 

「死ぬまでに行きたい絶景スポット」「死ぬまでに見たい最高の映画」など、人はタイムリミットや死ぬまでに後悔しない生き方を意識することで今の生活が輝き出すとも言われています。これまで「俺たちはどう死ぬか」をテーマに語ってきた今シリーズ、第5回は老いてもなお「まだ死ねない」と思い続ける人間たちの葛藤について。精神科医の春日武彦氏と歌人の穂村弘氏によると「死んでも死にきれない」感情には「自己肯定感」が隠されているのではないかと伝えています。

春日武彦✕穂村弘「俺たちはどう死ぬのか? 」

第1回:俺たちはどう死ぬのか?春日武彦✕穂村弘が語る「ニンゲンの晩年」論
第2回:「あ、俺死ぬかも」と思った経験ある? 春日武彦✕穂村弘対談
第3回:こんな死に方はいやだ…有名人の意外な「最期」春日武彦✕穂村弘対談
第4回:死ぬくらいなら逃げてもいい。春日武彦✕穂村弘が語る「逃げ癖」への疑念

死にも「お試し」があればいいのに

春日 前回さ、自殺をするつもりだった人が、直前になって躊躇するけど、でも後に引けなくなって死んじゃう、みたいな作品を紹介したじゃない?

穂村 吉村昭の「星への旅」ね。集団自殺をする寸前に「やっぱイヤだなぁ」ってなるけど、死ぬ気満々の人にジリジリ迫られたり、後に引けなくなったりして、なし崩し的に死んでいくという小説。あれはイヤな話だったな。

春日 ああいうことは、自殺に限らず、けっこうあると思うんだよね。

穂村 もう死んでもいいやと思っていた人が、いざその段になったら「ああ、やっぱりまだ死にたくない!」ってなる、みたいなの。
春日 そうそう。日本ではまだだけど、今後もし安楽死法みたいなのが成立してさ、そういった最期を自分から選んだとしても、直前で「やっぱタンマ!」みたいになるヤツって少なくない気がするのよ。

穂村 僕の場合、そういう状況になったら、「イヤだけど、ここまで準備させといて、今からナシっていうのも申し訳ないな……」とか思って悶々としながら、流れに飲まれて死んでしまいそう(苦笑)。パソコンだと、ゴミ箱の中身を捨てる時に「完全に消去してもよろしいですか?」って聞いてくれるけど、死ぬ時もそういうふうにちゃんと確認してくれたらいいのにね。あるいは、死んでも1回まではキャンセルできるみたいなルールにするとかさ。そしたら、お試しで3ヶ月ぐらい死んでみるのとかもいいかも。

春日 で、「なんか思ってたのと違うからやめます」とか言ってね

穂村 まわりの皆がどのくらい悲しんでくれてるかとか、自分の死後の様子を見てから本当の遺言書を書いたりできるしね。ちょっとうっとりしながら、「僕が死んだら誰が泣いてくれるかな」みたいなことを考えてしまうね。

春日 それ、ほとんどリストカットする人の思考だよ。

穂村 そうなの? お試し的な?

春日 まわりがどのくらい反応してくれるかを見ているわけだよね。だから、わざわざ写真に撮って送りつけてきたりするわけ。

穂村 そういうこともあるんだ……。お医者さんって、そういう時どうリアクションをするのが正しい姿なの?

春日 まあ、心配はするよね。相手がそれを求めているということもあるし。ただ、あまり心配しすぎても調子に乗ってしまって良くない面もあるから、そこはさじ加減が必要だけど。で、その行為が「あなたらしくないよ」ということを伝えつつ、そっちに行かないよう、患者に合わせていろいろ言葉をかけていく感じかな。本当は「あなたらしい」行為なんだけど、あえて「あなたらしくないよ」って言い方でアプローチしていくのが精神科医の戦略でさ(苦笑)。

年をとってから突然化けるパターンってある?

穂村 死ぬ前にする後悔といえば、「⚫︎⚫︎するまでは死ねない」みたいな考え方があるよね。⚫︎⚫︎を見るまでは、とか、⚫︎⚫︎を食べるまでは、みたいなの。

春日 「死ぬまでに行きたい絶景スポット」とか「死ぬまでに見たい最高の映画」みたいな企画は、枚挙にいとまがないもんね。なんだろうな、俺の場合はさ、自分に対して何1つ自信を持てないところが問題なんだよ。それがなくならない限り、ずっと「まだ死ねない!」と思い続けるのかもしれない。俺はまだ本気出してないぞ、って(笑)。とっておきの、まだ出していないネタとかもあるしさぁ。あと、年取って突然化けるパターンもあるわけじゃん。

穂村 年取ってから傑作をものにする作家とかいるもんね。あるいはアメリカのSF作家ロバート・シルヴァーバーグみたいに、病気で失速した後、復活して名作をバンバン書いて「ニュー・シルヴァーバーグ」と呼ばれるようになったり。あれはそんなに年取ってからの話ではないけど。先生も、これからそういうモードが来そうな予感がある?

春日 予感というより、願望かもしれないけどね。結局、ワケの分からないこだわりとか、必要のない不安とか、そういうものが足を引っ張って書けないだけなんだと思うけど。でも達観して、それがふっと取れると、怒涛のように素晴らしい作品を連発できるんじゃないか、みたいな期待はついしてしまう。

穂村 年輪を重ねた分、作品にも深みが出るかも、みたいな考え方もあるもんね。

春日 そう思いたいけどね。パワーはなくなったけど、その分味わいが、とかさ。でも、死に近づくということが、円熟なのか衰えなのか、よく分からないところってあるわけじゃん。で、衰えていく方には絶対なりたくない。

穂村 でも、シビアなことを言うと、現実的には円熟の方ははっきりしないというか、受け手次第なところもあるけど、衰えること自体は間違いがないと思うんだよね。

春日 耳が痛いね(苦笑)。

穂村 「老いる」というのは、死を強く意識するということでもあるよね。それで言うと、老いに限らず自分の死期が近いことを知ることで、作品のクオリティが上がるみたいなこともあるのかな。親しかった人でいうと、一緒に本を作ったこともある漫画家・イラストレーターのフジモトマサルさん(1968〜2015年)がまさにその状態で、病気で死を強く意識していたであろう最後の5年間は、もう作品の完成度がどんどん高まっていってた。

春日 場合によっては、虚無的になって描けなくなるみたいなことだってあり得るのにね。

穂村 そうなんだよ。メンタルが強いというか、話していると、来週はこの映画を見るとか、着たい服の話とかよくしててさ。亡くなる前の週だったかに、電気カミソリを買ってたからね。自分の残り時間が分かってしまったら、僕なんかすべてがユルユルになっちゃって、とても自分の美意識を貫くことはできないと思う。彼みたいに、最後の最後まで意志を強く持って生きるなんてことは、自分にはとても無理だと見てて思ったよ。

print
いま読まれてます

  • 【第5回】俺たちは死を前に後悔するか?春日武彦✕穂村弘「お試しがあればいいのに」
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け