アンチエイジング時代の「死」
春日 最近の一部の男性週刊誌とか読むとさ、「熟年でもSEX現役」みたいな記事がバンバン載ってたりするし、シニア向けの出会い系アプリとかもあるらしいね。モード的にアンチエイジング全開というか、ベクトルとしては「老いて死を受け入れる」みたいな感じではなくなってきている気がする。
穂村 若い時は、いわゆる「知識」も、海外旅行とか男女交際といった「経験」も圧倒的に少ないわけだよね。だから、飢餓感があるのはわかる。でも、今は寿命が延びたことも関係あるのかもしれないけど、そうした状態が若者の特権ではなくなってきているような感じがあって。昔はもっとナチュラルにお爺ちゃんお婆ちゃんになっていたような気がするんだけど、今はそうじゃないよね。かつては、老人は縁側で日向ぼっこみたいなイメージがあったけど、今は恋愛もすれば、別に海外旅行だって何歳になったって行けちゃうわけだしさ。あと昔は、今みたいに老人になってから持ち物が増えていくようなことはなかったと思うんだ。
春日 深沢七郎(1914〜87年)の短編小説に「楢山節考」(新潮文庫『楢山節考』収録)という姥捨山の話があるけど、あれに出てくるお婆ちゃんも、もうじき山に行くっていうので、物をどんどん少なくしていたよね。歯が生えてるのも恥ずかしい、みたいなことまで言ってて、すっごいミニマリストなの。で、石臼かじって前歯を折ったりして、もう壮絶。
穂村 それは凄いね。逆に、現代では歯がすごく大事にされているよね。歯が多いほどボケにくいとか、「老人はむしろ肉を食え」みたいなことが盛んに言われているし。でも、アンチエイジングという言葉や概念もだいぶ浸透したけど、やっぱり根本的には無理のある話だよね。
春日 やっぱりセックスしたいのかねぇ。俺、若い頃は、年寄りはセックスしないもんだと思ってたもん。でも老人ホームとかでも、嫉妬から殺し合いみたいなのに発展したりすることもあるみたいだし、やっぱり老いてなお盛んってことなのかな。だいたいさ、今回の新型コロナウイルスの影響で、マスクやらトイレットペーパーが品薄になったことがあったけど、あれって老人たちが率先して早朝から行列に並んでは買い占めてたわけだよね。その是非はともかく、昔はそういうのはもっと若い人たちの役割だったと思うんだけど。
穂村 昔取った杵柄だよ。さすがに戦後の買い出しって層はいないだろうけど、オイルショックん時はトイレットペーパー買いに走ったんだぞ、みたいな。あれを見ていると、サバイバル力すごいなって思うよ。
春日 「終活」って言葉が一般的になったのって、ここ10年くらいだと思うんだけど、老人が元気だし欲望も尽きないからこそ、そうやって「老い」を、そう遠くない「死」というものをわざわざ実感する契機を作らなければならなくなった、みたいなことも言えるかもしれないね。
(第6回に続く)
春日武彦✕穂村弘対談
第1回:俺たちはどう死ぬのか?春日武彦✕穂村弘が語る「ニンゲンの晩年」論
第2回:「あ、俺死ぬかも」と思った経験ある? 春日武彦✕穂村弘対談
第3回:こんな死に方はいやだ…有名人の意外な「最期」春日武彦✕穂村弘対談
第4回:死ぬくらいなら逃げてもいい。春日武彦✕穂村弘が語る「逃げ癖」への疑念
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春日武彦(かすが・たけひこ)
1951年生。産婦人科医を経て精神科医に。
穂村弘(ほむら・ひろし)
1962年北海道生まれ。歌人。90年、『シンジケート』
ニコ・ニコルソン
宮城県出身。マンガ家。2008年『上京さん』(ソニー・