【第14回】「俺、この仕事向いてないかも」って思ったらどうしてる? 春日武彦✕穂村弘対談

第14回①
 

世の中のどれだけの人が本当に自分に合った仕事をしているのでしょうか。「適正」という言葉がありますが、もしかしたら適した仕事に就いている人は少ないかもしれません。そんな人生の大半の時間を費やすことになる仕事について、精神科医の春日武彦さんと歌人の穂村弘さんが対談。働くことに人生のリアリティは必要なのでしょうか?

春日武彦✕穂村弘「俺たちはどう死ぬのか? 」

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悪夢の血まみれ当直医体験

穂村 僕は誰かの命に関わるような責任を負うことは避けたいと思っていて、だから、医者とかバスの運転手とか飛行機のパイロットとかを仕事にしている人が信じられない。自分の判断や技術次第で、人の生き死にが左右されるなんて耐えられないもの。先生は平気なの?

春日 うん。例外はあるにせよ、基本的に医者には「こういう病気で、こういう状態だったらこうする」みたいな筋道やパターンがあるからさ。それを粛々と遂行するイメージ。ドラマとかにありがちな、熱血医師が気合いでどうした、なんてあやふやな世界じゃないからね。

穂村 例えば、自分は内科の医者なのに、たまたま当直で1人しかいない時に限って、事故で全身の骨が折れた患者が運ばれてきたら「あちゃー! マズイぞ」ってならない? 明日なら外科医担当の日だったのに! みたいな。

春日 それに近いことはあるね。俺は精神科医だから、今では事故の患者が回ってくることはないけど、専門外だったり、積極的に得意ではないことにも、立ち場上対応しなければならないことはあるよ。

穂村 パニックにならないの?

春日 パニックになっても問題が解決するわけじゃないから、いかに患者を専門の医者に繋げるかを考えつつ、とりあえずできる範囲でやるしかないよね。不備があると訴えられちゃうから、細心の注意もする。

また専門内であっても、当直だと大変なこともあるよ。まだ産婦人科医だったときのことだけどさ、バイト先の医院で医者は俺だけ。助産婦もいない、新人の准看護師1人だけがスタッフって状態でお産を扱ったんだ。

分娩は無事済んだし胎盤も出た、子どもも無事だったんだけど、そのあと子宮からの出血が止まらない。お産が終わると子宮は縮んで、そうなると傷口が閉じたのと同じ理屈で出血もなくなるんだけど、稀に子宮がまったく収縮しないんだ。収縮剤を直接子宮に注射しても駄目でさ、内部からどんどん血が流れ出てくるの。

穂村 うわぁ、大変だ。

春日 アイスノンをお腹に載せて冷やしながら、片手は膣の奥まで突っ込んで、もう片方の手はお腹の上に置いて、両側から思いっきり子宮を押さえてね。圧迫して血を止めようというわけなんだけど、「そろそろいいかな」と思って手を離すと、すぐまたじゅわじゅわっと血が湧き出てくる。

そうなるとまた両手で強く圧迫。その繰り返しでさ。俺は分娩台の前に立ったまま身動き取れずで疲労困憊だわ、かといって他に誰もいないわ、患者の状態も心配だわで、本当に泣きたくなったよ。

このシチュエーションだと、どんな名医でも俺と一緒で、両手で圧迫しながら祈るしかない。出血が一定ラインを超えると、酸欠と同じになって褥婦は「あくび」を始めるんだね。これが地味に恐怖でさ。准看護師に輸血の準備はさせるんだけど、子宮が最後まで縮まなかったらザルに水の状態で血が流れていくからね。

穂村 それで、どうなったの?

春日 結局数時間後には運良く止まったんだけどね。ラッキーだっただけ。教科書的にはね、血がどうしても止まらなかったら、最終的には開腹して子宮を摘出せよということになっているんだけど、幸いそれはせずに済んだ。

もし摘出したら、どんなに釈明しても恨まれただろうなあ。まあ産婦人科って、そういうのっぴきならないことがけっこう起きるものなのね。だから医者には、訴訟対策の保険っていうのがあるんだけどさ、掛け金が一番高いのが産婦人科と小児科。

穂村 それは、リスクが高いことの証だね。でもさ、出産はそもそもイレギュラーな出来事じゃないんだから、ある意味、神様の仕事が雑だよね。最初に人間を作った時に、もっとこう二重三重に保険をかけて、普通に生まれてくるのが当たり前のシステムを構築しておいてほしいよね。

春日 俺もそう思うんだけどさ、現代人には経膣分娩なんていう野蛮な営みはそぐわなくなりつつあるのかねえ。そうなると余計に産婦人科医や助産婦が必要になるわけでさ。

「俺、精神科医の方が向いてるな」と思った瞬間

穂村 やっぱり先生は素晴らしいお医者さんなんだね。あらためて尊敬するよ。ちなみに、これまでに何人くらい赤ん坊を取り上げたの?

春日 平均して1日1人として、1年で365人。それを6年って感じだね。

穂村 それは世界への確かな貢献だよ。でもさ、そんな大変な体験をしているのに、なんで崇高な人格にならないんだろう? いつも「俺は理解されてない!」「あいつは許せない!」とかばっかり言ってるじゃん(笑)。

春日 ほっといてよ! それを言うのが趣味なんだから(苦笑)。でもさ、俺が自分のメンタルに問題があるなと思うのは、それだけ子どもを取り上げていても、「生命の誕生」をお手伝いした、みたいな根源的な喜びが何もなかったんだよね。

穂村 なんでだろ? それは人によるものなの?

春日 と思うよ。「お子さんが産まれてよかったですね!」ということを、常に心の底から言える医者もいるから。たとえ相手が、「堕す金ないんで、産むことにしました」とか平気で言ってのける奴であろうと、「絶対こいつ虐待するな」って感じの畜生な親であってもさ。

穂村 でも、僕は、そういうふうに常に疑いなく祝福できる人とは友だちになれそうにないな。やっぱり現実を見れば、手放しで「よかったよかった」とは言えないケースもあると思うもの。

春日 でしょ? そう思うよね。だけど、無条件に祝福できるような人物が存在してこそ、世の中には救いってものの可能性が保証されるような気もするんだなあ。

この対談のテーマに寄せるなら、産婦人科勤めの時、もともとよその開業医にかかっていた女性が、子宮肉腫と診断されて紹介でやってきたことがあってね。で、その医者っていうのがひどいヤツで、「子宮肉腫は普通のガンよりタチが悪い」みたいなことを患者に伝えちゃってたみたいでさ。もうちょっと言い方ってもんがあるだろ、と思ったよ。

患者もすごいショックを受けてて、「私やっぱり死ぬんですよね」とか声を震わせながら言ってくるわけ。「肉腫」って言葉が生々しく響いたようで、スパゲッティを食べられなくなりました、とも言ってたな。たぶん本人の中で、病名の語感と、あのニョロニョロ感が重なって感じられたんだろうね。

穂村 リアルだね。それでどうしたの?

春日 「そんなことないですよ」とも言えないから、困ったよ。非常にタチの悪い病気で、死ぬ可能性が高いことは確かだから。かといって、「その通りです、大変ですよ」とも言えないでしょ。しょうがないから、向こうがしゃべるのを延々と聞いてるしかないわけ。酸いも甘いも噛み分けた人、って感じを漂わせながらさ。

で、幸い俺は患者の話を聞くのが苦じゃない性格だったから、心中穏やかではないんだけど、まあ一生懸命聞いてさ。でも、やっぱり人間って、しゃべるとどこか楽になるんだよね。そういう意味では、人に話をさせるというのは治療においてすごく大事なことなんだな、ということを身をもって知った経験ではあった。自分が携わっている文筆――表現行為の意味合いと重なるところでもあるしね。

穂村 もしかして、それで精神科医になったの?

春日 精神科の方が自分には適正あり、と思った根拠の1つではあるね。あとさ、ちゃんと人の話を聞くのって、意外に難しいものなのよ。相槌の打ち方1つにしても、やっぱり上手い下手がある。

それから、聞きっぱなしで終わるということに、みんな耐えられないみたい。「なんか言ってあげないと」「なんか解決案を示さないと」とつい思いがちでさ。その挙げ句に、「明けない夜はない」なんてつまらないことを言って、相手をがっかりさせたりして。

でも、精神科医という仕事においては、「じゃあ、こうした方がいいですよ」みたいに、安易に「答え」を出すのは正しいこととは言えないんだよね。だから、「しゃべることができた」という事実を、行き詰まった現状から抜け出す第一歩なんだと実感してもらうようにしているよ。

穂村 うーん、説得力があるね。

オレ死に14回_トリ済み①

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