とはいえ、退職代行の気軽な利用を検討しているユーザーにとっては、損害賠償請求まで至ることはそうそうない。民間業者とほぼ同等の利用料金で弁護士事務所レベルの交渉が可能ならば、もっとも利用価値がありそうだ。
労働組合連合会「DMU総合研究所」所長、宮城史門氏は、労働組合が退職代サービスに関わることについてこのように語る。
「『引っ越し貧乏』という言葉があるが、社員の入れ替わりが頻繁で、『採用貧乏』『退職貧乏』になっている会社も多いのではないか。労働組合というと、すぐに『賃上げ』や『ストライキ』を連想して警戒する経営者が多いが、ブラックな労働環境をそのままにして人材会社や求人広告にお金をかけるよりも、組合と協議して給料や福利厚生にお金をかけたほうが、従業員の定着や愛社精神の涵養につながる」
「多数の従業員を代表して交渉する労働組合があれば、経営陣が従業員全員にヒアリングをするといった手間をかけなくても、的確に労働環境を良くする施策ができる。労働組合は、物の取り合いのための団体ではなく、話し合いのための団体であるということが、もっと理解されてほしい」
労働組合型の退職代行サービスで交渉を希望する場合、利用者はまず当該労働組合の組合員となり、労働組合が交渉を代行する、という形式をとる。無事退職でき、交渉の成果も得られれば、組合から脱退することも自由、としているところがほとんどなので、組合員となることが差し支えることもさほどないだろう。
実際、「労働組合が交渉するので合法です!」とアピールする退職代行会社も増えてきているのだが、厳密にはこちらでも違法性が疑われるケースがあるので注意が必要だ。それは、「労働組合と名乗っているが、労働組合法における労働組合の定義を満たしていない団体」、すなわち「退職代行サービスをやるためだけに結成した労働組合」の場合である。
本来、労働組合は「質量ともに労働者が主体であること」という条件がついている。組合の構成員が労働者主体であることはもちろんだが、会社でいうと役員にあたる「執行委員」の多数が労働者でなければ、正式な組合と認められないという判断が労働委員会で出されているのだ。したがって、たとえ「○○労働組合」と名乗っていても、退職代行会社の経営者が代表を務めるような労働組合は、本来適法とはいえないのである。さらにそういった「名ばかり労働組合」の場合、組合としての団体交渉経験も、労働関係法令に関する知見も乏しいケースが多く、肝心なところで頼りにならないリスクも存在するのだ。
したがって、退職代行サービスを利用したい場合は「法的な交渉が可能」であることを絶対条件に選ぶことをお勧めする。その場合は高額でも弁護士事務所提供のサービスを利用するか、お金に余裕がない場合は、経験実績豊富な本物の労働組合が提供、もしくは提携しているサービスを利用するのがよいだろう。
退職手続など、本来は退職届を出すだけで済んでしまうことだ。そのやり方を教えずに、わざわざ数万円の費用を徴収してサービス提供するのはいかがなものか、との批判は常になされる。しかし、それでもサービス利用者が確実に存在するという事実は、そうでもしないと言い出せない、今すぐにでも抜け出したいという強い思いと、同じ数だけの劣悪な労働環境が存在するということでもある。
退職代行サービスを使われた側の企業は、決して逆上したり退職者を恨んだりすることなく、「そこまでして辞めたいと思わせる原因が自社にあったのでは…」と反省材料にすべきだし、仕事を放り出して音信不通になられるより、辛うじて代行会社という細い糸で繋がり、パソコンのパスワードだけでも聞き出せたことを幸甚と考えるべきなのかもしれない。
一方で、藁にも縋る思いでサービス利用しようとする人に対し、単にニーズがあるからというだけで、低品質で違法状態が跋扈する状況は健全とはいえない。劣悪な労働環境に疲弊した人が真っ当なサービスを選択し、安心して利用できる状態こそ理想であり、単に退職にとどまらず、新たな人生を前向きに生きていく契機となることを願っている。
詳しくは下記の記事「20~30代若手社員に人気、企業は戦々恐々 最近よく聞く『退職代行サービス』に潜む危険なワナとは」をご覧頂ければ幸いだ。
※本記事はメルマガ『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』2021年7月9日号の一部を抜粋したものです。
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