安倍元首相の要らぬ“置き土産”。日本という国を葬る6つの「負の遺産」

 

4.大軍拡路線への突進

安倍政治を突き動かしていた基本的な原動力は「お祖父ちゃんコンプレックス」で、その中心的な中身としては岸信介元首相が熱望してもなし得なかった日米同盟の「対等化」、すなわち米国と共に中国や北朝鮮と戦争することを可能にする第一歩としての2015年安保法制強行、米国製最新兵器の爆買い、そうやって派手に振る舞うにはどうしても必要な自衛隊の「国軍」としての自立化のための「改憲」――に他ならなかった。

しかしこの設定そのものが矛盾に満ちていて、こんなことをいくら重ねても、初期の安倍が言っていた「美しい国」とはならない。堂々たる国軍が公然と領土・領海の外に出て戦争ができるようになるのを夢見るのはいいが、それはあくまで米国の戦争を補助する属国の立場に限定することでしか実現できず、またその立場を認めて貰うためにも米国製のバカ高い兵器を目を瞑って爆買いして媚びを売らなければならない。

このどうにもならない不恰好の根源は、戦前の国粋的民族主義者であり大東亜共栄圏主義者であった岸が巣鴨プリズン内で恥も何も投げ捨てて反共親米主義者に転向し、それをよしとして米CIAから秘密資金を与えられて「自民党」創設に走ったというところに発している。そのため、安倍が「お祖父ちゃんが果たせなかったことを僕がやるんだ」と意気がってみたところで、愛国と親米の股裂的矛盾は解消されず、むしろ広がって行ってしまうのである。

岸田がこの自民党にとって根源的な股裂的矛盾をどう受け止めているのかは分からない。が、たぶんそこは余り深く考えないようにして、安倍路線に従って年末までの「安保3文書」すなわち国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画の改定を進めて「中国と戦争できる国」作りとそれに相応しい防衛費の大幅増額に突き進むのだろう。原発問題と同様、ここでも安倍路線の無批判な継承というにとどまらず実体化への踏み込みを見ることになろう。

岸田は安倍の遺言に従って、23年度からの5年間の次の中期防衛力整備計画に、現行(19~22年度)の27兆4,700億円の約1.5倍に当たる40兆円超を注ぐことを検討しており、これを沖縄タイムス9月25日付が掲げた「増額ペース」のイメージ図で見ると驚くほどの急上昇カーブとなる(写真)。

このように日本が大軍拡の泥沼に嵌り込もうとしているのは、結局、米国発の「ロシアだけじゃない、中国も怖いぞ」「台湾有事は近い」といった情報操作に何の疑問を抱くこともなく振り回されてしまう知的レベルの低さにある。例えばの話、米インド太平洋軍デービッドソン司令官が昨年3月9日に米上院軍事委員会で証言した「6年以内〔つまり2027年までに〕中国が台湾に侵攻する」という見通しは、軍事のプロフェッショナルから見れば、この証言全体が「取るに足らない内容で、まして『6年以内』と言うのはこの大将の『個人の勘』のようなものでまるで根拠がない」と一笑に付される程度のものである(軍事ライターの文谷数重:本誌No.1164参照)。ところが、岩田明子の「安倍晋三秘録」(文藝春秋10月号)によれば、同証言が大々的に報じられた1週間後に安倍が自宅に麻生太郎を招いて酒を酌み交わした際には「台湾海峡の有事は5年以内に起こるのではないか」と話し合っている。それ以上に詳しい中身は書かれていないが、日本のトップが米軍人のプロパガンダ発言を何の吟味もすることなく既定の事実であるかに素直に受け入れている雰囲気が感じられる。トップがそれほどまでにナイーブであれば、下がそうなるのは当たり前で、佐藤正久が著書で、あたかもそれが自分の説であるかに自慢げに「台湾有事は日本有事で、早ければズバリ2027年というのが私の“読み”」と書くという恥知らずを演ずることにもなる(本誌No.1173参照)。

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総理と副総理がそうで、その下の“ヒゲの隊長”=党外交部長もそうなら間違いないということで、メディアも自分でデービッドソン証言を検証することはせず、それに乗っかって行くので、「27年台湾有事」説はどんどん独り歩きし、あちこちで常識であるかに言及され、人々の頭に刷り込まれていく。そういうことが何百件でも起きているのに、人々はもちろん安倍や岸田も気がつかないうちに米国の心理操作に絡め取られ、結局は上記のような莫大な金を米国製兵器購入に注ぐことになるのである。

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